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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
83/203

82. 知っている名前

夏休み初日。

照りつける太陽の下を歩く。

いつも通りに早く起きて制服に着替え、俺は変わらず学校に向かっていた。

なんだか夏休みに入ったという実感が湧かない。

他の生徒がいないせいか、いつもの正門がやけに広く感じた。


「高津〜!」


ハイテンションな声に呼ばれて振り返ると、既に部活着姿になっている長野が駆け寄って来ていた。


「なんで昨日休んだんだよ〜! 練習のあとリストバンド配られたんだぞ! いろんな色あってさ〜、みんな黒でお揃いにしようと思ってたのに〜」


そんなことを言って頬を膨らませる長野に、俺は思わず笑ってしまった。


「それ、俺と里宮の分残ってた?」


「え? そういえば、ピッタリ何も残ってなくて……」


「俺と里宮のリストバンドは鷹が取っといてくれてるよ。多分、黒の」


言うと、長野はパッと目を輝かせた。


「まじか! あいついいやつだなー!」


一瞬にして上機嫌になった長野は、そのまま体育館に走って行った。賑やかなやつだな、と改めて思う。

そんな長野が鷹を“いいやつ”と表現したことが、俺は単純に嬉しかった。誰だって、親友の存在が認められたら嬉しくもなるだろう。

と、その時。


「なにニヤニヤしてんの」


気だるそうな声がすぐ後ろから聞こえて、反射的に振り返ると、部活着姿の里宮が軽く首を傾げていた。


「いや……え、俺そんなニヤニヤしてた?」


人差し指を自分に向けて言うと、里宮はこくんと小さく頷いた。まじか……。ひとりでニヤついてるとかヤバいやつじゃん……。

気を引き締めようと頬に力を込めると、里宮は「変顔?」と不思議そうな顔をした。


真顔すら出来ていないらしいので、俺は諦めて小さく息を吐いた。

里宮はなにも分かっていないようで、眠そうにあくびをして目元を擦る。

その呑気な姿は昨日のヨミを彷彿とさせた。


「そういえば、お父さん許してくれたのか? ヨミのこと」


「あぁ、うん。もう大歓迎って感じで。なかなか父さんには懐かないけど」


そう言った里宮に、全力でヨミの気を引こうとする里宮父の姿が目に浮かんで思わず笑ってしまう。

里宮は呆れたように肩をすくめた。

そんなことをしていると、何やらプリントをひらひらさせながら五十嵐が近づいてきた。


「これ、昨日配られたトーナメント表」


「あぁ、サンキュ」


礼を言って差し出されたプリントを受け取ると、五十嵐は頷いて更衣室の方に向かって行った。

俺も早く着替えないとな、と思いつつトーナメント表に目を通していく。

様々な高校が並ぶ中、“白都高校”の文字に目が止まった。対戦することはないが、会場は同じだ。

かつて試合をした時の里宮を思い出し、不安が胸に広がっていく。


バレないように里宮の様子を伺うが、特に反応はなさそうだ。

まだ白校の文字に気づいていないのかも知れない。

そんなことを思って小さく息を吐くと、プリントに目を落としたままの里宮が唐突に「大丈夫だよ」と言った。思わず「えっ?」と呆けた声が漏れる。

顔をあげた里宮は、真っ直ぐに俺の目を見つめた。


「私たちは私たちのやり方で勝つだけ。……でしょ?」


そう言って口角をあげた里宮に、俺は思わず「おう!」と応えて笑っていた。

胸に膨らみかけていた不安は、いつの間にか消えていた。




* * *




よく晴れた爽やかな朝。

俺はバスから降りて大きく息を吸い込んだ。

ついに今日は、先輩たちの引退試合だ。


『久しぶり! こんな所で会うなんて、偶然だねー!』


何事もなかったかのように明るく笑う姿を思い出す。

里宮は再会なんてしたくなかったはずなのに。

あの時の弱りきった里宮の姿が脳裏を掠め、胸が痛んだ。


「なに突っ立ってんだよ〜。もう行くぞ?」


後ろから声をかけたのは、ジャージ姿の鷹だった。

今回が鷹にとって初参加の試合だが、さほど緊張はしていないみたいだ。


「鷹、白校のマネージャーって知ってる?」


何の考えもなく、気づくと俺はそんなことを尋ねていた。鷹は案の定眉をひそめて首を捻る。


「白校のマネ? 確か2、3人だったよな。名前は?」


鷹が知っている訳がないのに、何を聞いてるんだ。

そんなことを思いつつも、俺はその名前を口にした。


「工藤 阜」


言うと、鷹は意外な反応をした。

“知らない”と、俺はあたりまえのようにそんな言葉が返ってくると思っていた。が、今目の前にいる鷹は驚いたように目を見開いていた。

数秒の沈黙が流れる。

俺が口を開くより先に、鷹が呟くように言った。


「工藤……?」


まるで知っている人の名前を口にするみたいに、鷹の口の動きは慣れているように見えた。



生ぬるい風が、ふたりの間を吹き抜けていった。

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