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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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80. 夏の出会い

開いた窓から、僅かに湿気を含んだ生ぬるい風が滑り込んでくる。長く憂鬱だった梅雨が終わり、今日の空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。

これから本格的な暑さが続くようになるだろう。

ふと窓際の席に目を向けると、机の上のカバンに顔を埋める里宮の姿が見えた。

相変わらずの態度に思わず苦笑いを浮かべる。


今日という日も、里宮にとってはただの日常なのだろう。


「……っつーわけで、お前ら問題とか起こすなよ〜。んじゃ、かいさ〜ん」


岡田っちのテキトーすぎる挨拶で、二学期最後のホームルームが終わった。

そう、つまり今日から夏休みが始まるのだ。


「「いよっしゃああぁ!」」


ホームルームが終わるなり、教室は歓喜の声で満たされた。

騒ぎまくるクラスメイトたちを見守りながら、俺も内心胸を弾ませていた。頭の中で休日の計画を立てながらカバンと部活の荷物を肩にかける。


3年生の引退試合に向けて、終業式である今日も部活があった。夏休みもほぼ毎日部活で、八月上旬には合宿もある。完全な休みは少ないようにも思えるが、授業がないだけ充分楽だ。


ふと教室を出る前に足を止めて振り返ると、元気よくはしゃぐクラスメイトたちの中に里宮の姿があった。面倒そうな顔をしているところからみて、遊びの誘いなどを断っているのだろう。

案の定、「だから部活だって」というだるそうな声が微かに聞こえた。


「先行ってるぞ、里宮〜」


適当に声をかけると、里宮が人混みの中から何か言ったように見えたが周りの声が大きすぎて俺の耳には届かなかった。

まぁいいか、どうせ体育館で会うし。

そんなことを考えながら教室を出ると、後ろから「茜!」という聴き慣れた声が聞こえた。


振り返ると、鞄を肩にかけ小さなダンボールを持った鷹が立っていた。


「今日さ、リストバンド配るんだよ。部費で買ったやつ。早いもん勝ちだから、言っといてくれたら色取っといてやっても……」


「黒」


鷹の言葉を遮って、後ろからそう言い放ったのは里宮だった。突然の登場に、俺と鷹は思わず「「へ?」」と間抜けな声をハモらせる。

いつの間にか人混みを抜けてきていたらしい。


「私と、高津と……あいつらは全員黒」


そんなことを言う里宮に、数秒黙り込んでいた鷹は呆れ笑いを浮かべて小さなため息を吐いた。


「りょーかいりょーかい。お前ら仲良しだな〜」


軽く片手を振ってそう言った鷹は「先行ってるぞ〜」とだるそうに歩いて行った。

その背中を見送りながら、俺たちも階段の方へ向かう。


「それにしても里宮、さっき大変そうだったな」


苦笑しながら言うと、里宮は小さく頷いて「疲れた」とため息を吐いた。

友達が多いのは良いことなんだろうけど、あんな風に囲まれていたら疲れもするだろう。

元々ああいうノリを好まない里宮なら尚更だ。


その時、突然ガタンッと大きな音が辺りに響いた。

思わずビクッと身体が飛び上がる。

慌てて辺りを見渡すが、俺と里宮以外の人影は見当たらなかった。思わず首を傾げると、里宮が「あっち」と階段の方を指さした。


もしかして、誰か落ちたとか……?

慌てて駆け寄っていくと、里宮もとことこと後をついてきた。

外廊下に続くこの階段は、普段使われることがない。というのも、階段の奥にあるドアに鍵がかけられているからだった。

つまり、生徒使用禁止のルートなのだ。


外からはこのドアをよく見るが、中から見るのは初めてかもしれない。

身を乗り出して階段の下を覗くと、古びた板や機材などが無造作に置かれていた。


どうやら物置として使われているらしい。

呆然としていると、ひっくり返っていたダンボールが突然ガサッと音をたてて動いた。

Gの存在が頭をよぎり、思わず身を固くする。


そんな俺の横をすり抜けて、里宮は悠然と階段を降りてダンボールに近づいて行った。

その手がダンボールに伸びた瞬間、嫌な予感が胸に広がる。

案の定里宮は躊躇なくダンボールを鷲掴みにした。


「ちょっ」


慌てて階段を駆け降りるが、里宮は動じない。

ダンボールが里宮の頭上に掲げられ、動きの正体が露わになる。


「「!」」


もぞもぞと動く黒い物体。

小さな身体に、ピンと立った三角のシルエット。

俺たちは、どちらからともなく目を見合わせていた。


「猫……!」


思わず小さな歓声をあげると、里宮は更に目を輝かせた。目の前で小さく震えながら前進しようとしていたのは、真っ黒な毛色の子猫だった。


「なんでこんなとこに……」


呟きながら手を伸ばすと、子猫は顔をあげて丸い瞳を俺の方に向けた。胸の奥がキューンと音を立てる。

不思議そうな顔をした子猫は、伸ばしていた俺の手にちょこんと柔らかい肉球を乗せた。


「か、かわ……!」


子猫の可愛さに感動していると、里宮はちょっとおかしそうに「高津、猫好きなんだ」と笑った。


「おいで」


小さくそう言った里宮が優しい手つきで子猫を抱き上げる。

子猫は不思議そうに「ミャァ」と小さく鳴いた。

やがて里宮の腕に抱かれた子猫は、満足そうに笑ったように見えた。そんな子猫を撫でて目を細める里宮に、心臓が大きく跳ねる。


「一匹だけだね」


そう言った里宮に、ハッとして辺りを見回す。

確かに、里宮が抱いている子猫の他に迷い込んだ猫はいなかった。母猫らしき姿も見当たらない。

その時、閉まっているはずのドアが数センチ開いていることに気が付いた。

もしかしたら、あの隙間から校内に入ってきてしまったのかもしれない。


「どうする?」


言うと、里宮は「んー」と子猫を撫でながら唸った。


「高津ん家って無理だっけ」


「あー、親がアレルギーなんだよなぁ」


「そっか……」


難しそうな顔を浮かべた里宮は、ひょいっと子猫を持ち上げて目を合わせた。


「んじゃ、家くるか?」


里宮が言うと、子猫はまるで答えるように「ミャア」と嬉しそうに鳴いた。


「よしっ、決まり」


微笑んでそう言った里宮は、子猫を優しく抱きしめた。そんな姿を見て、自然と頬が緩んでいく。


「あ」


里宮が思い出したように言うのを聞いて、「なに?」と首を傾げる。


「そろそろ帰らないと」


そんなことを言い出した里宮に、俺は思わず眉をひそめた。


「いやいや、今日部活じゃん?」


「あれ、言ってなかったっけ」


里宮は子猫を抱いて立ち上がると、表情を変えないまま言った。



「父さん、今熱出してんだ」

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