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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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79. 新マネージャー

「……ということで、今日からマネージャーをお願いすることになった黒沢 鷹くんです! 挨拶どーぞ!」


大きく手を広げて元気よく声を張り上げたコーチに、部員たちは当然困惑していた。

ざわついた空気の中前に立たされた鷹は不機嫌そうな目をしている。でも、それが緊張している時に出る鷹のくせだということを俺は知っている。


「……えっと、2年A組の黒沢です。……よろしくお願いします」


それだけ言って軽く頭を下げた鷹に、部員たちの混乱はさらに大きくなったようで、四方八方から疑問の声が聞こえた。


「誰?」


「A組の転入生じゃね?」


「てか廃部の話どうなったん?」


みんなが口々に疑問を発する中、俺と里宮だけは何食わぬ顔で話を聞いていた。


「……驚かないの?」


隣に立っていた里宮が、前を向いたまま小声で言った。さすがにあの場にいたとは言えず、「鷹から聞いてた」と返すと、里宮は「そう」とだけ言って会話を切り上げた。

平然としている里宮に、少し意地悪な質問をしてみる。


「里宮はこのこと知ってたのか?」


横目で里宮の様子を伺うと、里宮は一瞬黙り込んだが表情を変えることなく「うん」と短く答えた。

どうやら昨日のことを俺たちに話す気はなさそうだ。

まぁ、そう簡単に変われないよな。

そんなことを考えて、俺は小さなため息を吐いた。




* * *




「結局、黒沢とは和解したってことで良いんだよな?」


部活終わり、部室で制服に着替えていると、隣にいた川谷が小声でそう言った。

皆に報告する暇もなくコーチが新マネージャーとして鷹を紹介したものだから、緊急練習試合の事情を知っていた皆は酷く混乱しただろう。

きっと他の部員以上に。

どこか不安げな顔をしている川谷を安心させるように、大きく頷く。


「鷹とはちゃんと話したし、緊急練習試合の話もなくなったよ」


「そうか。よかっ……」


「まじか! よかったぁ!」


心から安心したような声と共に、肩にのしかかる体温を感じる。

川谷の声を遮って割り込んできたのは長野だった。

部活で走り回ったからか、頭上のちょんまげはよれよれになっている。

長野の横で着替えていた五十嵐も「丸く収まってよかったな〜」としみじみ頷いた。


「そういえば昨日の昼、高津と里宮いなかったけど黒沢と話してたのか?」


思い出したように言った川谷に、「あぁ……」と言葉を濁す。一瞬昨日のことを話すべきか迷ったが、いずれ知ることになるだろうから特に問題はないだろう。

そう思い直して、俺は昨日の出来事を話し始めた。






昨日の鷹との会話や、里宮と鷹のやりとりを思い返しながら話しているうち、3人は真剣な顔をしたり驚いた顔をしたりしながら聞いていた。

長野は案の定騒がしくなっている。

他の部員たちはだんだんと少なくなっていき、今は部室にいるのは俺たちだけになっていた。


そろそろ里宮も着替え終わる頃だろう。

部室の鍵を取って立ち上がると、長野が真っ先にドアを開けて飛び出した。


「おい、長野!」


慌てて呼び止めるが、長野は一切聞く耳を持たずに走り出した。……嫌な予感がする。

そんな予感をふたりも感じ取ったのか、川谷と五十嵐は呆れたように笑っていた。

少し先の廊下から、小さな人影が歩いて来るのが見える。


「里宮! 告白されたってまじ!?」


里宮の元に駆け寄るなり声を張り上げた長野に、里宮の表情がピシッと凍りつく。

慌てて目を逸らすが、全身に痛いくらいの視線を感じる。……怖い。ただひたすらに怖い。

助けを求めるように後ろにいたふたりに目配せすると、ふたりは同時に首を振った。

どうしようもない、とでも言いたげな表情だ。


既に不機嫌オーラ全開になった里宮に、長野だけが延々と楽しそうに騒いでいた。






結局、駅までの話題はほとんど里宮への質問攻めで終わった。うんざりした様子の里宮とふたりでホームに並ぶ。急行電車が通過したところで、里宮が大きなため息を吐いた。


「黒沢からどこまで聞いた?」


「いやぁ、鷹がマネージャーになるってことくらいしか……」


目を逸らしがちに言うと、里宮は訝しげに眉をひそめた。そのままじっと俺の目を見つめてくる里宮に、なんだか見透かされているような気持ちになる。

その嘘のない瞳に、俺は負けた。


「……実はあの時、俺もその場にいたんだよ。鷹に呼び出されて」


言うと、里宮は意味がわからない、というように首を傾げた。


「だから、里宮が鷹のことフッた時」


かなり分かりやすい言い方をすると、里宮はもともと大きな目を更に大きく見開いた。

開いた唇から「は……?」と呆けた声が漏れたかと思うと、里宮はみるみるうちに赤くなっていった。


「……え!? 里宮!?」


初めて見る表情に思わず声をあげると、里宮は赤面した顔を隠すようにフイッとそっぽを向いた。が、耳まで赤くなっているので動揺しているのはバレバレだった。

信じられない。

あの里宮が、照れてる……?


「最悪」


吐き捨てるような声が聞こえたかと思うと、里宮は勢いよく振り返って赤い顔のままキッと俺を睨んだ。


「早く忘れろ! この覗きヤロー!」


「覗きって……!」


言いかけて、思わず言葉に詰まる。

反射的に反論しそうになったが、確かにあれは覗きだ。まぁ、覗こうとして覗いたわけでもないけど。

そんなことを思っていると、里宮がわざとらしく大きなため息を吐いた。


「勝手にバラすなよ」


「いや、ほんとごめん。鷹から許可もらってたからさ」


言い訳じみたことを口にすると、「私は許可してない」と不機嫌そうな声が返ってくる。

これは機嫌が直るまで時間がかかりそうだ。

そんなことを思いながら、「悪かったって」と首をすくめると、里宮はつまらなそうに唇を尖らせた。


「自分で言おうと思ってたのに」


「……へ?」


予想外の発言に、思わず間抜けな声が漏れ出す。

里宮は俺たちに報告しようとしてたのか……?

それを先に言われて拗ねてたってことは……。


「そんなに自慢したかったのか……?」


恐る恐る言うと、里宮は眉根を寄せてやたら小さいサイズのグーパンチを飛ばしてきた。


「ちげーよ。やめろ」


そう言った里宮は俺の脇腹を軽く小突いてため息を吐いた。

そんな里宮を見て、思わず笑う。


「……なに笑ってんの」


「いや、なんかおもしろく……ぶはっ」


「殴っていい?」


無表情で拳を構えた里宮に、腹を抱えながら両手を振る。


「悪い悪い。やっぱ里宮って面白いな」


「……馬鹿にしてる?」


「違うって、まぁそう怒らず……ってちょ、何その構え! 拳しまって!」


慌てて声をあげると、里宮は小さく吹き出して笑った。珍しく歯を見せて笑っている里宮につられ、俺も同じように声をあげて笑う。

少し冷たい夜風に、長い黒髪がふわりと揺れた。

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