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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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78. 親友として

屋上から出ていく里宮の背中を確認して、俺は塔屋の影から鷹の方へ出て行った。

俺の動きに気づいたのか、鷹がゆっくりと振り返る。

その顔にはどこか安心したような色が浮かんでいた。


「……別に、見せつけたかった訳じゃねぇよ? フラれるの分かってたし。……ただ、茜に見てて欲しかったんだ」


そう言った鷹は、再会してから初めて穏やかな表情を見せた。


「茜が俺を恨んでなかったこと、嬉しかったよ。でも、茜は優しいから。俺みたいに最低なやつのことくらい嫌いになっとかないと、また傷つくことになると思った。……それも、里宮の言う通り単なる押し付けだったんだけどな。俺が、どこ行ったって上手くいかなかったから。人間なんてみんな同じだと思ったから。……俺と茜は、違うのにな」


あまりにも切ない笑い方に、胸が締め付けられる。

鷹の声は震えていた。


「茜は、ちゃんと上手くやってた。良いやつらに出会えて、あの頃のこと忘れられるくらい楽しく過ごせてた。……それが羨ましかったっていうのもあるかもしれない。でも、俺は、心配だった。いつか急にあいつらが茜の敵になるんじゃないかって。“そう”なるのなんて、一瞬だから」


鷹の言っていることは痛いほど分かる。

いじめのきっかけなんてほんの些細なものだ。

ある時は理由も分からないまま痛めつけられる。

それを、鷹は何度も経験してきたんだ。


「……ちゃんと考えれば分かる話だった。こんなの、茜のためなんかじゃない。俺の考えを押し付けるのは間違ってる。俺は……間違えてた。

本当は、ただ茜に、謝りたかっただけだったんだ」


絞り出すようにそう言った鷹の瞳が微かに光る。

その姿が、あの日泣いていた鷹と重なる。


「鷹、」


もういいよ。

そう言おうとした俺の声を遮って、鷹は言った。


「ごめん」


ぐっと拳を握りしめ、勢いよく頭を下げた鷹に、俺は開きかけていた唇を噛んだ。


「裏切ってごめん。傷つけてごめん。逃げてごめん。茜は助けてくれたのに、俺は、俺は……!」


頼りなく震えた声が、それ以上言葉を発することはなかった。屋上に鷹の嗚咽だけが虚しく響く。

あの頃から、鷹はずっと後悔に苛まれていたのだろう。俺と同じように。

……俺も、本当のことを言わないと。


「……確かにきっかけは鷹だったかもしれない。

でも、もし俺があの時気付かなかったら、鷹はどうなってたんだよ? 誰にも相談しないで、笑ったフリして、ずっと耐え続けるつもりだったのか?

……そっちの方が、俺は耐えられない」


あの時、俺が鷹のいじめに気付いたのは単なる偶然に過ぎない。

痛めつけられる鷹の前に飛び出したのも、求められたからじゃない。

あのまま、鷹のいじめに気付かないまま、時間が過ぎていく可能性だってあった。


もしそうなっていたら、いじめはどんどんエスカレートして、手遅れになってしまうところまで鷹を追い詰めていたかも知れない。

だから、鷹はあの時逃げるべきだったんだ。

鷹の行動は正しかった。


その結果自分が傷つくことになったとしても、鷹を守れるなら俺はそれで良かった。

今までひとりで抱えてきた鷹のことを思えば、なんだって耐えることが出来た。

辛い時に浮かぶのはいつも、あの日初めて見た鷹の涙だった。


どうして鷹は独りで抱えてしまったのだろう。

何の罪もない鷹が、あんな暴力に耐える必要なんてなかったのに。

もっと早く、俺が気づいてやれてたら。

もっと早く、鷹が相談してくれてたら。


……そうだ。


「……俺は、相談して欲しかった」


鷹がいなくなってから痛感したいじめの辛さも、かつては鷹が独りで抱えていたんだと思うと、胸が張り裂けそうな程苦しくなった。

もし相談してくれていたら、根本的な解決にはならなくても、暴力から逃れることは出来たかも知れない。

一緒に悩むことも、痛みを分けることも出来たかも知れない。


転校する鷹を、見送ることだって出来たかも知れない。


「……ごめん」


消え入りそうな声で、鷹が言う。


「茜のこと巻き込みたくなかった。引っ越しの日も、泣かないでいられる自信がなかったんだ。

……あの頃のこと謝りもしないで、また茜のこと傷つけたのに虫が良すぎるって分かってる。でもやっぱり、俺は茜と居たいんだ」


顔をあげた鷹の瞳は赤くなっていたが、もう涙は浮かんでいなかった。

ゆっくりと息を吸い込んで、その唇が動く。


「……俺と、また、親友になってくれないか」


同時に差し出された手は、微かに震えているように見えた。


「……マネージャー、頼んだぞ」


そう言って俺は、鷹の手を握った。

これから毎日支えられることになるその手を。

軽く力を込めると、鷹はまた不安そうに眉を寄せた。


「……俺を許すのか?」


「許すもなにも、鷹のせいじゃないだろ」


笑いながら言った言葉は、確かな本心だった。

俺は一度だって、鷹を恨んだことなどないのだから。

小さく頷くと、鷹は俺の手を強く握り返して頬を緩めた。

鷹となら、ここからまた始められる気がした。

あの頃より、もっと信頼し合える気がした。


「それと」


お互いの手が離れてから短く言うと、鷹は不思議そうに小首を傾げた。


「俺、里宮のこと好きなんだ」


なるべく緊張が顔に出ないよう意識しながら言うと、鷹は驚くことなく無邪気に笑った。


「おう! フラれんじゃねーぞ!」


そう言って脇腹を小突いてきた鷹は、きっと俺の気持ちにも気が付いていたのだろう。


「それにしても茜、告白する勇気もないのかよ〜。だっさいなぁ〜」


「ださいとか言うな! 俺はいっぱいいっぱいなんだよ!」


「ま、いざとなったら俺がバラしてやるけど〜」


「やめてくれ!」


そんなやりとりをして、俺たちは声をあげて笑っていた。歯を見せて、腹を抱えて。

まるであの頃のように。


見上げた空は青く高く、すっかり快晴になっていた。

雲から顔を出していた太陽が滲んでいく。

きっと俺たちは、もう大丈夫だ。

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