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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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74. もうひとつの問題

見上げた空に青が見えるのは、随分久しぶりのことだった。

どこか生ぬるい風が頬を滑っていく。

太陽を隠すように生い茂っている葉が、ガサガサと音を立てて揺れた。

もうすぐ、長かった梅雨も終わる。


「高津、その卵焼き長野が狙ってる」


そんな声が聞こえて空から視線を外すと、隣に座っていた里宮が俺のつまんでいる卵焼きを指さしていた。


「あー! バラすなよ里宮ー!」


気付くと目の前に立っていた長野が、不満気な声をあげて頬を膨らませる。

それを見て、俺は思わず笑っていた。


「いいよ、別に。食う?」


「まじ!? やったー!」


弁当箱を差し出すと、長野は目を輝かせて卵焼きを口の中に放り込んだ。満足気に「んま〜!」と卵焼きを頬張る姿は、まるで尻尾を振る犬のようだ。


「たかるなよ長野〜」


そう言った五十嵐がからかうように笑う。

隣のベンチに座っていた川谷も、「高津は長野に甘いな〜」と呆れたように笑った。


俺たち5人は、いつもの中庭に集まっていた。


『取り戻せ!』


あれから3日ほど経った今では、まるで何事もなかったかのように俺たちの関係は修復していた。

歪み始めていた関係を取り戻すことが出来たのは、里宮が勇気を振り絞ってくれたおかげだろう。


長野とも五十嵐とも真正面から向き合い、2人を取り戻してくれた。

そこには思わぬ誤解もあったらしく、昨日はその話題で持ちきりだった。


『だから、普通に急いでただけだって』


『嘘つけ。私のこと避けてただろ』


『避けてねぇよ』


『だって“ごめん”て言った』


『あれは、お前の話聞いてやれなかったから……』


『はぁ? 分かりずら』


『お前が最後まで聞かないで逃げるからだろ!』


痛いところをつかれた里宮は言葉に詰まり、不服そうに顔をしかめていた。


『……悪かった』


睨み気味ではあるけれど、ハッキリとそう言った里宮に五十嵐は目を丸くしていた。

里宮も成長したんだな、なんてことを思っていると、『でも!』という声が鼓膜を揺らす。


『五十嵐も悪いんだからな。あんなのただの寝不足だし……勝手に自分のせいだとか思い込んでんじゃねぇよ』


眉間にしわを寄せた里宮が力強く言う。

その時、辛そうに顔を歪めていた里宮がフラッシュバックした。

“自分のせいだ”と俯く里宮の姿が……。


『ブーメラン……』


『なんか言ったか?』


振り返って鋭い瞳を向けてきた里宮に、背筋が凍りつくような感覚を覚える。

慌てて『なんでもないです!』と顔の前で手を振ると、里宮はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。



そんなこんなで、俺たちは“日常”を取り戻したのだった。



「平和でいいな〜」


しみじみと言った川谷に、思わず笑みが溢れる。

一時はどうなることかと思ったけど、またこうしてみんなと過ごせるようになって良かった。


「まぁ、なんにも解決してないけどな!」


唐突に大きく響いた長野の声が、その場の和やかな雰囲気を一気に破壊する。

正直忘れかけていたもうひとつの問題が頭に浮かび、その場にいた全員が顔を引きつらせた。

2学期の授業も、あと3週間程度で終わる。

夏休みに入ったらほとんど毎日部活があって、走って、パスして、シュートして、走って…………。



「「緊急練習試合!!」」



気付くと、緊急練習試合の日まであと3週間を切っていた。




* * *




「……無理だ」


ぽつりと呟かれたその言葉に、俺は思わず耳を疑った。

いつものように強気で、不敵に笑う里宮をあたりまえのように想像していた。

“やってみなきゃわかんない”と。

しかし、俺の目に映る里宮は元々小さな体をさらに縮めて、抱えた膝に顔を埋めていた。


「……私には、出来ない」


やがて聞こえた声はあまりにも弱々しくて、とても里宮の声だとは思えなかった。






騒がしかった昼休みが過ぎ、午後の授業を終えると、俺と里宮はいつもどおり体育館へ向かった。

まだ誰もいない体育館の静けさがなんだか落ち着かない。

結局、昼休みは時間がなくて緊急練習試合のことを話す間もなく解散していた。

そこで、俺と里宮は今後の作戦(?)を考えていたのだが……。


隣に座っている里宮は、肩を抱くようにしてすっかり小さくなってしまっていた。

それも、俺が緊急練習試合を中止にする方法を考えよう、なんて切り出したからだった。

じわじわと罪悪感が胸に広がっていく。


「この前岡田っちにも聞いてみたけど、中止には出来ないって」


顔をあげないままぼそぼそと喋る里宮の声は、なんだか拗ねているようにも聞こえた。

予想はしていたが、心のどこかで期待していたのか正直落胆した。

まぁ、岡田っちの力じゃあの父親を止めることなんて出来ないだろうけど……。


その時、「でも」という声が聞こえたかと思うと、里宮が唐突にガバッと顔をあげた。

その勢いに思わず「うおっ」と声をあげて軽くのけぞる。


「廃部になんて絶対させない」


さっきまでの弱々しさが嘘のように、凛とした声で里宮が言った。見えない何かを睨みつけるように鋭い瞳からは、強い意志が感じられる。


「でも……どうするんだよ?」


俺たちに出来ることなんてまるでない。

鷹の父親を止められる程の力を、生徒の俺たちが持っている筈もない。


「私たちにはどうすることも出来ない。……でも、PTA会長を止められるやつが、ひとりだけいるだろ」


何かを企むような顔をしてそう言った里宮は、こっちを向いてゆっくりと口角をあげた。

俺が首を捻ると、里宮は得意げに人差し指を立てる。



「“黒沢 鷹”。……あいつを止めるんだ」



歌うように言った里宮の声が、静まり返った体育館でやけに大きく響いていた。

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