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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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71. 繰り返す過去

あの頃は、知らないことなんかないと思っていた。

お互いになんでも話せて、ただ隣にいるだけで楽しくて。

……離れてからも、俺たちの仲は変わらない。

そう、信じていた。


……でも、俺たちの関係は変わってしまった。

違う環境で、違う学校で、鷹がどうやって過ごして来たのか、俺は知らない。

あの時のことを、鷹がどう思っているのか、俺は知らない。

もしかしたら鷹は、俺が思っている以上にあの時のことを引きずっているのかもしれない。


……今も、苦しんでいるのかもしれない。


「……津、高津!」


「はい!?」


やばい、ぼーっとしてた……!

慌てて振り返ると、そこには目を丸くした川谷が立っていた。先輩に呼ばれたと思い込んでいた俺は、川谷の姿を見て思わず「へ?」と間抜けな声を溢していた。


「『はい』って……先輩だと思った?」


呆れ笑いを浮かべながらそう言われ、小さく頷くと川谷は「ぼーっとしすぎだろ」と笑った。


「悪い、考えごとしてて……」


そんな言い訳じみたことを口にして、いや部活中に考えごとするなよ、と自分で思った。

「黒沢のことか?」と真剣な顔になって聞いてくる川谷に、力なく頷く。

丁度部活も休憩に入ったので、俺たちは体育館の隅に移動して話すことにした。


昼休みに鷹と話した内容を伝えると、川谷は難しそうな顔をしていた。


「……じゃあ、“緊急練習試合”は黒沢がバスケ部を廃部にするために作ったってことか?」


確認するように言う川谷に、俺は無言で頷いた。

鷹の口からハッキリと聞いたはずなのに、まだ信じきれていない自分がいた。

鷹がそんなことするはずない、と。


「黒沢って……やっぱり高津の“幼馴染”なんだよな」


「そうだけど……」


呟くように言った川谷が、鷹のことを躊躇なく“黒沢”と呼んだことに、俺は小さな違和感を覚えた。

鷹は誘っても中庭に来ようとはしなかったし、里宮以外とは関わってないはずだけど……。


「川谷って、鷹と話したことあったっけ?」


思ったことをそのまま口にすると、川谷はどこか気まずそうな顔をして言った。


「いや……ただ、この前里宮に『黒沢の言うことは何も信じるな』って言われたんだよ。なんか、やけに黒沢のこと敵視してるように見えたから、気になってて」


それを聞いて、俺は思わず黙り込んでしまった。

“信じるな”か……。


『誰のことも信じるな。……もちろん、俺のことも』


……里宮は、もしかしてこのことを知ってたんじゃないのか?

緊急練習試合のことも、鷹の本当の気持ちも。

それで、最近悩んでたんじゃないのか……?


「高津の話聞いて分かったけど、里宮は最初から全部知ってたのかもな」


呆れたように肩を上下させて、川谷は俺が考えていたことと同じことを言った。

もし、里宮が最初から全部知ってたんだとしたら。

……なんで、鷹は里宮だけにこのことを教えたんだろう。


鷹がバスケ部を潰そうとするのは、……俺の仲間を、壊すため。

言ってしまえば、“緊急練習試合”なんてものが提案されたのは俺のせいなのだ。

それなのに、鷹は何のために里宮を巻き込んだんだろう。


「あ〜……わかんねぇ〜」


呻くように言って髪を掻き回していると、川谷は「俺もだよ」と肩をすくめて笑った。

この部活を守るために、俺が出来ることは何だろう。

里宮のために、俺が出来ることは何だろう。


そもそも、俺に出来ることなんてあるんだろうか。

里宮のことも、“関係ない”なんて言われたらどうしようもない。


その時、交代を知らせる笛の音が響いた。

俺はあと5分休憩で、川谷は練習再開。

川谷は立ち上がって「元気出せよ」と小さく笑ってからコートに入って行った。

俺は曖昧に笑ってその後ろ姿を見送る。


コートには3年生と里宮の姿があった。

相変わらず素早い動きで、誰にも止められずにシュートを決める里宮は、1年の時からずっと俺の憧れだった。


『関係ないってなんだよ』


……本当は分かっている。

里宮も、俺たちを仲間だと思ってくれてるって。

“他人”なんて思ってるはずないって。

そう、分かっていたいのに。

あの時どうしようもなく不安になった。


今まで過ごしてきた時間は、里宮にとってはなんでもないことで。

俺たちの存在も、特別なんかじゃなくて。

俺が勝手に、仲間だと思ってるだけなんじゃないかって。


その時、フラッと目の前を横切った人影に、俺は思わず顔を上げた。


「五十嵐!」


考えるより先に声が出ていた。

その姿が、今にも消えてしまいそうに見える。

振り返った五十嵐は、なんだか死にそうな顔をしていた。

“大丈夫か?”と声をかけるより先に、五十嵐が口を開いた。


「俺、高橋と別れようかな」


唐突にそんなことを言い出す五十嵐に、思わず「は!?」と大声を出してしまう。


「俺は、やっぱり、ダメなんだよ」


消え入りそうな声で言った五十嵐の顔は真っ白で、とてもバスケが出来る状態じゃなさそうだった。


「とりあえず出よう、五十嵐。な?」


軽く背中をさすりながら言っても、五十嵐は頷きもしなかった。

体育館内の時計に目を向け、まだ休憩が終わらないことを確認してから、俺は五十嵐を連れて体育館を出た。


胸がざわついていた。

こんな五十嵐を見るのは初めてで、どうしたら良いのか分からない。

とりあえず近くの階段に五十嵐を座らせ、廊下の隅にある自販機で水を買う。

それを五十嵐の横に置いて、俺も静かに腰を下ろした。


「どうしたんだよ」


なるべく優しい声で言うと、五十嵐は呟くように小さな声で話し始めた。


「俺、この前高橋に会いに行ってたんだ。……でも、そしたら、里宮が……倒れた、って」


そこまで言って、五十嵐は苦しげに顔を歪めた。

あの時、倒れている里宮を見つけて、心臓が止まるかと思った。

里宮が大丈夫だと言ってからも、心配で仕方なかった。

それは、みんなも同じはずで。


「里宮は、俺に、何か言おうとしてたんだ。……でも、俺は聞かなかった。終礼が長引いて、高橋からも駅に着いたってLINEが来て、急いでたんだ。

……里宮の気持ちなんて、何も考えてなかった。

俺が、あの時里宮の話を聞いてたら、里宮は、あんなことにならなかったかも知れないのに。

俺は……俺は、何も知らないで笑ってたんだ。

里宮が苦しんでる時、俺は、ずっと、笑ってたんだよ」


震える声を絞り出して、五十嵐は両手で顔を覆った。

いつか、五十嵐から聞いた話を思い出す。


『優花が苦しんでる時、俺はずっと笑ってたんだよ。

最低だろ? ……優花があんなことになったのは、俺のせいなのに』




顔を伏せたまま肩を震わせている五十嵐に、俺は、何も言ってやれなかった。

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