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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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67. 優しさが壊れる前に

昨夜は、久しぶりに母さんの夢を見た。

背景のない真っ白な世界で、母さんの姿だけがくっきりと浮かび上がっていて。

何も言えずに立ち尽くす私を咎めることなく、母さんはただ優しい目で私を見ていた。






母さんの姿が白に溶ける。

心做しかいつもより部屋の空気が暖かい気がした。

アラームが鳴る前に目を覚まし、一階に降りて行くと、父さんはもう家を出た後だった。

いつもは2人で朝食を食べてから行くのに。

急な用事でも入ったのか、朝食を食べた形跡もなかった。


小さくため息を吐きながらも、少しホッとしている自分がいた。

昨日の父さんとの会話が脳裏を掠める。

気まずくない訳がなかった。

もしかしたら父さんも、私と顔を合わせるのを躊躇ったのかもしれない。


1人で朝食を食べ終え、食器を片付けていると、ダイニングテーブルに置いていたスマホが小さな音を立てた。

一件の通知。開いてみると、父さんからだった。


『急な会議でいつもより早めに出たんだけど、大丈夫だった? あと、急いでてお弁当忘れちゃったんだけど、どこかで適当に食べるから気にしないで。せっかく作ってくれたのにごめんね』


昨日のことには一才触れていない文章に安心しつつ、意外だなとも思った。


『大丈夫。会議頑張って』


短くそう返信すると、数秒で既読が付いてスタンプが返ってきた。

それは満面の笑みを浮かべた猫のキャラクターがこっちに向かって親指を立てているものだった。

その猫がなんとなく父さんに似ている気がして、私は思わず笑っていた。




* * *




長時間電車に揺られ、早くも疲労を感じながらも学校に到着する。

これから6時間も退屈な授業を受けると思うと、途端に憂鬱な気持ちになった。


重い足を動かして歩いていると、背後から「里宮〜」と私を呼ぶだらしない声が聞こえてきた。

もはや聞き慣れてしまったおっさんの声。


「何」


振り返ると、声の主はよれよれのシャツを着てボサボサの髪を掻きながら歩いて来ていた。

「“おはようございます”だろ〜」と呆れ顔で返してくるこの男は、本当に“教師”なんだろうか。


「おはよーござーます岡田っちセンセー」


「テキトーだな〜」


そんなくだらない挨拶を交わすと、岡田っちは呆れ顔を引っ込めて眉を寄せた。


「お前、昨日倒れたんだって? ちゃんと病院行ったか?」


そう言った岡田っちに、あぁそのことかと納得する。

そういえば美山が担任に報告するって言ってたな。

……そういえば私の担任、このおっさんだったな。


改めて岡田っちの顔を見つめると、いつもはだらしないだけの顔に心配そうな色が浮かんでいた。

それを見て、なんだかんだ岡田っちもちゃんと教師なんだな、と思う。


「……別に、ただの寝不足だし」


小さく言うと、岡田っちは「そんなこったろ〜と思ったけどな〜」と大きなため息を吐いた。

乱暴に髪を掻き乱し、珍しく気まずそうに視線を泳がせている岡田っちに違和感を覚える。

首を傾げると、岡田っちは重い口を開いた。


「あー、里宮。今日、部活出んのか?」


唐突にそんなことを言う岡田っちに、私はますます傾げた首の角度を深くする。

今日は普通に部活がある日だ。

なに当たり前のこと聞いてんだ、と思いながらも、「出るけど」と答えると、岡田っちは「そうか……」と言葉を濁した。


「何かあんの」


こんな岡田っちでも、一応はバスケ部の顧問だ。

部活関係で何か連絡があるのかもしれない。

そう思って尋ねた私に答えることなく、岡田っちは小さく息を吐いた。


「とにかく、無理はすんなよ。……特に、今日は」


やけに深刻な顔をする岡田っちに、私は思わず顔をしかめる。

“何が言いたいんだよ”と文句を言うより先に、遅刻5分前のチャイムが廊下中に鳴り響いた。


「うおっと、あぶねぇ〜。走って教室行けよ〜」


そんなことを言って離れて行く岡田っちに、私は思わず大きなため息を吐いた。

教師として指示することが違うんだよな。

話も途中で終わらせるし。


またひとつため息を吐き、とくに急ぐでもなく廊下を進んで行く。

途中、“廊下は走らない!”と書かれたポスターが壁に貼られているのに気が付いた。


先程の岡田っちを思い出しながらも、子供っぽいフォントで書かれたポスターを見て私は、これ絶対小学生向けだろ、と思った。




* * *




「里宮! もう大丈夫なのか?」


教室に着くなり、慌てた様子で寄って来たのは高津だった。


「なにが」


「『なにが』って、昨日倒れただろ! まじで心臓止まるかと思ったわ」


心から安心したように息を吐く高津に、そういえば高津が見つけて保健室まで運んでくれたって美山が言ってたな、と思い出した。


「ごめん」


小さく謝ると、高津は呆れたように笑った。


「こういう時は“ありがとう”だろ。悪いことなんてなんもしてないんだから」


それを聞いて、ふいに、最も高津が言いそうなことだと思った。まぁ、現に言っているんだけど。

底抜けに優しくて、人想いで、どうしてそんな風にできるんだろうって、たまに不思議な気持ちになる。


どうしようもない不安も、なぜだか全て高津の言葉で流されて行く。

そんな風に高津に助けられたことが、今まで何度もあった。

……だから。


その優しさが壊れる前に、必ず私が高津を救う。




……そう、思ってるのに。


「……里宮、やっぱり何かあっただろ」



なんで私に、全部背負わせてくれないの。

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