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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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60. 私の力で

『なにかが起こるかもな』


黒沢の言葉と表情が頭から離れない。

“狂気”という言葉を、私は初めてきちんと理解した気がした。






「里宮?」


駅のホームで電車を待っていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。

振り返ると、少し驚いた顔をした高津が立っていた。


「まだ帰ってなかったのか?」


不思議そうに首を傾げる高津に、私は無言で頷いた。

私の方が早くに教室を出たけど、階段で黒沢に捕まっているうちに、高津は反対の階段から帰っていたのだろう。


また黒沢との会話を思い出してしまいそうになり、私はキュッと唇を結んだ。

全身を支配していた震えは既に消えていたけど、代わりに信じられないくらいの疲労が私の身体を重くしていた。

今はなにも考えられない。

考えたくない。


「どうした?」


心配そうな声が聞こえたかと思うと、不安げに眉を寄せた高津が私の顔を覗き込む。

本当に、よく気が付くな。

常に周りに気を配っている高津からしたら当たり前のことなのかもしれないが、私は高津のこういうところを密かに尊敬していた。


『茜がいじめられてたこと、この学校に広めてくんない?』


怪しく微笑む黒沢の言葉が脳内に響く。

……高津に、言った方がいいのだろうか。

相談した方がいいのだろうか。

頭の中でぐるぐると思考が回る。


黒沢が発した言葉たちが頭の中を駆け巡り、混ざり合って、訳が分からなくなる。


「黒沢、って、どんな奴?」


混乱しきった私の口から出たのは、そんな的外れな言葉だった。

唐突な質問に驚いたのか、高津は「鷹?」と呟いて首を傾げた。


「……昔から、誤解されやすいけどすごい優しい奴だよ。明るくて、賑やかで、めちゃくちゃ面白い。……けど、最近の鷹は、見てて心配になるんだよな」


そう言った高津は陽の落ちた空を見上げて小さく息を吐いた。


「俺がいないところで、鷹がどんな風に過ごして来たのか、俺は知らない。……今も、苦しんでるのか、俺には分からない」


高津の声が、どこか寂しく揺れる。


「……やっぱり、黒沢は高津の“幼馴染”なんだよね?」


小学校でいじめを受け、高津がいじめられる原因にもなった存在。

高津が語った、“あいつ”の正体。


私の質問の意味が分かったのか、高津は「そうだよ」とどこか哀しく微笑んだ。


……どうして、そんな顔するんだよ。


「高津は、……黒沢のこと、好き?」


ポツリと、呟くように発した質問には、“それでも”という言葉が隠されていた。

きっと高津は、たくさん傷付いて、泣いて、苦しんだだろう。

思い出すだけで簡単に心臓が潰れてしまうような、辛い経験をしただろう。


……それでも。

それでも、高津は。


「……当たり前だろ?」


顔を上げると、高津は照れ臭そうに笑っていた。


「あいつは、俺の“幼馴染”で、“親友”だから」


優しく響くその声は、きっと高津の本心なのだろう。

曇りのない笑顔を見て、私は、再び足元に目を落とした。

ギュッと拳を握り締める。


「里宮?」


不信そうな高津の声にも応えずに、私は瞳を閉じた。

黒沢の不気味な笑みが瞼に浮かぶ。


……言えない。


高津の仲間を壊すと言った黒沢も、高津がいじめられていたことを広めて欲しいと言った黒沢も、高津が信頼する“幼馴染”で、“親友”だ。


高津が黒沢の企みを知ったら、どう思うだろう。

あの、狂気に満ちた顔を見たら、どう思うだろう。


高津は、唯一の“幼馴染”を、“親友”を、失ってしまう。


「……なんでも、ない」


再び苦しくなった心臓を抑えて、絞り出すようにそう言った。

ひとつ深呼吸をして、ゆっくりと目を開く。


私は、決意をした。

黒沢の企みは、高津には話さない。

私1人の力でなんとかする。

高津の苦しむ顔は見たくない。


私は、私の力で、あの狂気と戦ってみせる。




* * *




雨。

鳴り止まない雨音が教室の雑音に溶けて行く。

昨日の快晴が嘘だったかのように空は黒く染まっていた。

机に体重を預けてぼんやりと窓の外を眺めていると、「里宮〜」と私の名前を呼ぶ声がした。


閉じかけていた目を擦り、重い頭を持ち上げて振り返ると、クラスメイトの男がそこに立っていた。


「F組の川谷が呼んでる」


その名前を聞いたとたん、一気に目が覚めた気がした。

一瞬にして嫌な予感が胸いっぱいに広がる。

足早に教室の外へ出ると、私に気付いた川谷がパッと顔を上げた。

その表情が至って普通なのを確認し、思わず小さなため息が漏れる。


「ごめんな、急に。部活の時でも良かったんだけど、聞きたいことあって」


「別にいいけど。なに?」


言うと、川谷は困ったような顔をして、少し迷ってからゆっくりと口を開いた。


「“黒沢 鷹”って、……どんな奴?」


その名前を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

私は思わず目を丸くする。

それは、私が昨日高津に聞いたのと同じ質問だった。

黒沢のことを、“幼馴染”で、“親友”だと言った高津の、どこか寂しげな瞳が浮かび上がる。


「なんで、そんなこと」


絞り出した声は掠れて、自分でも驚くほど弱々しい。

暑いわけでもないのに額には少量の汗が滲んでいた。

数秒黙り込んだ後、川谷が言う。


「……『茜とは関わらない方が良い』って言われたんだよ」


……意味が、分からない。


続ける川谷の声も右から左に流れて行く。

黒沢が現れてからずっと恐れていたことが、今まさに始まろうとしていた。


黒沢が、私以外の“仲間”に接触する。

ゆっくりと、着実に、“皆”を壊して行く。


「里宮はどう思う? あいつ、高津の“幼馴染”なんだろ?」


辛うじて聞き取ることの出来た川谷の声に、力なく頷く。

何を言って良いのか分からなかった。

どうにかしないとと思うのに、焦れば焦る程あってないような答えは遠のいて行く。


……でも。


「……黒沢が言うことは何も信じるな。それと、このことはもう忘れろ」



私は、私だけの力で戦うって決めたんだ。

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