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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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59. 狂気の企み

放課後。

今日は部活が休みで、特に居残る理由もないので私は終礼のチャイムと共に軽いカバンを肩に掛けた。

高津の席に近づいて行くと、高津は何やら慌てた様子でペンを走らせていた。


「帰んないの?」


後ろから声をかけると、高津は顔を上げないまま「先帰ってて」と言った。

首を傾げて高津の背後から机の上を覗き込むと、そこには1冊のノートが広げられていた。

そんな私の様子に気が付いたのか、顔を上げた高津が口を開く。


「今日日直だったの忘れてて、日誌書いてなかったんだよ」


「あぁ」


そういえば、と思い黒板に目を向けると、“日直”という文字の下に高津の名前が書かれていた。


「じゃ、帰るわ」


「おう、お疲れ!」


笑顔で片手を上げた高津に、私も軽く片手を上げて応える。

そのまま教室を出て、早く帰ろうと思いながら人だかりの横をすり抜けようとした時、目の前に突然黒沢が現れた。


驚いて体を仰け反らせるが、黒沢は全く気にしていない様子で「里宮って好きな奴いんの?」と突拍子もない発言をした。

私は思わず大きな溜息を吐く。

なんというか、黒沢といるとすごく疲れる。


「いない」


きっぱりと言い放ってそっぽを向き、歩き出そうとすると、まるで足止めするかのように黒沢が顔を覗き込んできた。

悪びれもせず「へぇ〜、予想外」と呟く黒沢に、思わず眉間にしわが寄る。

黒沢は演技のようにわざとらしく考え込むような仕草をした。


「茜が好きな奴いるって言ってたから、お前ら両想いだと思ってたのに」


そんな言葉を聞いて、私はいよいよ不機嫌になった。

高津に好きな人がいるなんて聞いたことがないし、ましてやそれが私だなんてことある筈がない。

全く、こいつの思考回路は一体どうなっているんだ。


私は黒沢を無視して今度こそ歩き出した。

正直、これ以上黒沢の相手をしていたくなかった。

一刻も早くこいつから逃れて、電車に乗って、家に帰りたい。


そんな私の欲望は、一瞬にして打ち砕かれた。


「待てよ」という声と共に、肩に手を置かれる感覚があって、私は勢いよく黒沢の手を振り払った。


「触んな」


低い声で言って鋭く睨みつけるが、黒沢は全く怯んでいないようで、むしろ楽しそうに笑っていた。

なんなんだ、こいつは。


「ごめんごめん、そう怖い顔すんなって。お前に話したいことあってさ」


一度言葉を切った黒沢は、人気の少なくなった廊下を見渡すと、不気味な笑みを作って顔を近づけた。


「茜がいじめられてたこと、この学校に広めてくんない?」


まるで内緒話でもしているかのように小さな声で、黒沢はそう言った。

頭の中で、何度もその言葉を反芻する。


「はぁ?」


思わず全力で顔を顰めて言うと、黒沢はまた面白そうに笑った。


「いやぁ、突然現れた転入生がこんなこと言いふらしたって誰も信じないだろ? だから、お前からみんなに話してくれよ。茜の悲惨なエピソードをさ」


そう言って涙を拭う真似をした黒沢に、私の怒りは頂点に達した。

握りしめた拳が震える。


「いい加減にしろよ」


そんなことをして、こいつは一体何がしたいんだ。

意味がわからない。黒沢の全てが理解できない。

高津とは幼馴染なんじゃないのか。

親友なんじゃないのか。

どうして、傷つけるような真似をするんだ。


その時、脳裏に哀しく微笑む高津の顔がよぎった。

苦しかったこと、後悔したことを、涙ながらに話してくれた高津は、最後に言った。


『それでも俺は、今でもあいつのことを、一番の親友だと思ってる』


「……もう二度と私に話しかけるな」


もう、何を言っても無駄だと思った。

高津の気持ちを踏みにじるような発言をしたこいつとは、言葉を交わす理由もない。

身を翻して、踏みつけるように階段を下りて行くと、「いいのかよ」という黒沢の声が背後から響いた。


話しかけるなと言ったばかりなのに、まだ引き止めてくるのか。

私は苛立ちを隠しきれずに「何が」とぶっきらぼうに言った。


振り返ると、階段の上に立つ黒沢は、心の底から楽しそうに笑っていた。

まるで、狂ったように笑い続けるピエロのように。

開いた窓から吹き込んだ風が黒沢の短い髪を揺らす。


「言うとおりにしないと……なにかが起こるかもな」


そんな思わせぶりな言葉が階段に響く。

なんだよそれ、と言いかけて、私は口を噤んだ。

閉じた唇が震える。

背筋が凍りつくような気さえした。


黒沢の瞳からは、色が消えていた。

先程の、ピエロのようにおどけた笑顔はどこにもなかった。

黒沢は、なにかを企んでいるかのように目を細めて、見下すように私を見ていた。


その口は、不自然なほどに、笑っていた。

いや、笑っている、という表現があっているのかもわからない。

色も光もない目は、全く笑っていない。


狂気に満ちた、サイコパスのような表情だった。


気付くと、私は廊下を蹴ってその場から逃げ出していた。

強張る足をなんとか動かして階段を駆け下りる。

自分でも驚くほどに、私は怖がっていた。

計り知れない恐怖に、内臓まで震え出すような気がした。


息が苦しい。心臓が握り潰されているみたいだ。

何度も転びそうになりながら、やっとのことで一階に辿り着くと、私は思わず膝に手をついて荒い呼吸を整えた。


潰れそうな心臓では上手く息が吸えなくて、持久走でもしていたかのように息が苦しかった。

目の前に自分の両手を広げると、思わず笑ってしまいそうなほどに震えていた。

こんな状態になっている自分が信じられない。


呆れたように笑おうにも、脳裏にこびりついて離れない黒沢の顔がよぎって、表情が固まる。

そのまま両腕を掴んで、震える息を整えるように深呼吸をした。






その時、やっと私は、黒沢がとても危険な人物なのだと気が付いたのだった。

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