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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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58. 日常に溶け込む

眠い……。


朝から雲ひとつなく晴れ渡った空を見上げて、私は小さくあくびをした。

どれだけ拒もうと毎日必ず巡ってくる朝は、いつも以上に憂鬱だった。


『あいつの仲間を、壊してやるんだよ』


そんな言葉と共に、不気味に微笑む黒沢の顔が浮かぶ。昨日あんなことがあったからか、どこか身構えている自分がいた。


黒沢は一体何をするつもりなのだろう。

そんなことを考えながら、駅から学校までの短い道のりを歩く。

今日が、“いつもどおりの日常”にならないことはわかりきっていた。


黒沢の企みが分かった以上、常に黒沢の存在を警戒しなくてはならない毎日が続く。

何も知らない高津の隣で、私はそれに耐えられるだろうか。


不安と緊張でずっしりと重い身体を引きずるようにして昇降口を通ると、「里宮、おはよ」という聞き慣れた声が聞こえた。

顔を上げると、目の前の下駄箱をバタンと閉めた高津が機嫌良さそうに笑った。


いつもと変わらない笑顔を見て、いくらか心が軽くなっていくのがわかる。

高津の後ろに黒沢がいなかったことにも安堵した。


「おはよ」と応えて私もローファーと上履きを履き替える。下駄箱にはなんの異常もなく、私は胸を撫で下ろした。

正直、黒沢の言っていた“仲間を壊す”ということの意味が、私にはよくわかっていなかった。

だから嫌がらせ的なことがあってもおかしくないと覚悟していた分、私は少しホッとした。


そういえば、高津もなんともなかったみたいだ。

とりあえずは安心、だけど、まだ油断はできない。


「里宮?」


いつの間にぼーっとしていたのか、私は高津の声でハッと我に帰った。

気づくと、目の前に心配そうな顔をした高津の顔があった。


「どーした?」


高津の優しい瞳が私の顔を覗き込む。

その瞳に、心から心配してくれているのがわかる。


「……大丈夫」


呟くように小さく言って、そっと目を逸らす。

心配してくれているのはわかるが、今最も心配なのは高津の方だ。

……なんてことは言える筈もなく。


高津は「そうか?」と首を傾げたがそれ以上踏み込んでくることはなく教室へと歩き出した。

私もその隣に並ぶ。


その時、目の前に五十嵐の笑顔が飛び込んできた。


「よっ」


突然現れて軽く片手を上げた五十嵐に、思わず2人とも仰け反っていた。

高津が「うおっ」という声を上げると、五十嵐はニヤニヤと満足そうな笑みを浮かべた。

よほど高津をいじるのが好きらしい。


「なんだよ、急に。びっくりするだろ」


高津が隠し気味に心臓を抑えると、五十嵐は更に口角を上げて「だっておもしろいから〜」とくぐもった笑い方をした。

高津が少しムッとした表情になるが、五十嵐は気づかないフリをする。


そうこうしているうちに教室に着くと、五十嵐はひらひらと片手を振って隣のクラスへ消えて行った。


教室に入り、私は素早く黒沢の席に目を向けた。

何も乗っていない机に、椅子がきっちりと仕舞われている。

机の横にカバンがかかっているようなこともなく、黒沢がまだ学校に来ていないことが伺えた。


小さく息を吐いて自分の席に着くと、一気に疲労と眠気が襲いかかってきた。

机に突っ伏して目を閉じると、すぐに意識が遠退いて行くのを感じた。




* * *




昼休み。

中庭から戻った私は机に体重を預けていた。

……正直、拍子抜けした。


昨日あれだけ不気味に思えた黒沢も、何事もなかったかのように普通に過ごしていた。

何か特別なことが起こるでもなく、何かを言われるでもなく、言ってしまえば“いつもどおりの日常”に溶け込むような1日だった。

ずっと気を張っていたことが無駄に思えて、私は大きなため息を吐いた。


いつもなら退屈に思う筈の“いつもどおりの日常”が、こんなにも安心するなんて。

中でも、中庭での時間は本当にいつもどおりだった。

黒沢は一緒に中庭に行こうという高津の誘いを断ったのだ。どこで昼食を済ませたのかはわからないが、私と高津が教室に戻る頃にはもう席に着いて本を読んでいた。


あぁ、もしかしたら屋上で食べたのかもしれないな。

私はふと昨日のことを思い出してそんなことを思った。


珍しく、雷校の屋上は常に解放されていた。

天文部があることもあり、基本的に出入りは自由だ。

その分フェンスは高く設置されていて景色はよく見えないが、プラスチックベンチがいくつか設置してあるため屋上で昼食をとる生徒もいる。


しかし、学校が屋上解放をゴリ推しする中、実は生徒には不人気だったりする。

夏は直射日光、冬はビル風。

お世辞にも過ごしやすいとは言えない環境に、生徒たちはあまり近寄ろうとしない。


新入生の中には“屋上”という響きに心を躍らせて足を運ぶ生徒もいるが、すぐにその過ごしにくさに気づき、人の少なさに納得する。


逆に言えば、人気の少ない穴場スポットでもあるのだ。環境を気にしなければの話だけど。


そんなことを考えながらぼーっとしていると、いつの間に寄ってきたのか、目の前に立っていた黒沢が口を開いた。


「里宮ってさ、女子の友達とかいねーの?」


唐突にそんなことを聞いた黒沢に、私は思わず「は?」と顔を顰めた。

そんな私を見た黒沢はやっぱりな、とでも言うような笑みを浮かべる。


何を思ってそんなことを聞いてきたのかはわからないが、改めて黒沢の掴みにくさを感じて私は小さなため息を吐いた。

不快感よりも呆れが勝る。


「女は嫌いなんだよ」


吐き捨てるように言うと、黒沢はふざけたように「なんだそれ」と笑った。

大概、“お前も女じゃん”とか思ってるんだろう。

今まで、散々同じようなことを言われてきた。

しかし、黒沢の反応は、当たり前のように予想していた反応とは違っていた。


「“女嫌いの女”って、流行ってんの?」


「……は?」


黒沢の意味不明な発言に眉根を寄せると、黒沢は「顔こわ」と笑ってから「なんでもねぇよ」と適当に誤魔化してその場を去って行った。


『流行ってんの?』……?

私の他に、“女嫌いの女”がいるっていうのか。

そんなことを一瞬考えて、私はまた大きなため息を吐いた。全く意味がわからない。


「なんなんだよ」と小さく呟いて、私はモヤモヤした気持ちを振り払うように夢の世界へ意識を飛ばした。

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