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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
55/203

54. 晴れる

「……と、いうことなんだけど」


全てを話し終えると、長野は「そんなことが……」とでも言うように難しい顔をした。


「川谷がそんな誤解してるとは思ってなかったわ……。あとでちゃんと話しとく」


「そだな! それで解決!」


難しく考えることを辞めたのか、長野はニカッと笑って親指を立てた。

誤解が解けて、川谷と飯島さんも上手くいけばいいな。

……まぁ、大丈夫か。両想いみたいだし。

そう考えると、なんだかすっと心が軽くなった気がした。

と同時に、川谷が誤解していることを知らないまま時間が過ぎていたらどうなっていただろうと余計なことを想像してしまい、思わず大きなため息が漏れた。


その時、ピロンッとスマホの着信音が鳴った。

俺のスマホとは違う音だ。顔を上げると、長野がポケットからスマホを取り出していた。


「あ、トラだ」


「虎?」


「C組の榊。こないだ話したじゃん」


首を傾げると、長野は呆れたように肩をすくめた。

C組の榊……。頭の中でその姿を思い浮かべる。背が高く、ガタイもいい上に鋭い目付き。

補習の時長野が怒らせたとか言ってた、あの不良の……?


「え、いやいや覚えてるけど! 怒らせたんじゃなかったのかよ」


常に誰かを睨んでいる印象のある榊が長野にLINEしている姿なんて想像もつかなかった。


「そーなんだけど、仲直りしたし。めっちゃいいやつだよ」


そう言ってスマホをいじる長野に、思わず「まじか……」という声が漏れる。

まぁ、解決したなら良かった。長野が“いいやつ”って言うならいいやつなんだろうし。


「てか虎ってなに? ニックネーム?」


「名前長いからそう呼んでるだけ。本名虎之助(とらのすけ)


「虎之助!? なんかすごい名前だな……」


「かっけぇよな!」


「えっ……いや、うん」


目を輝かせた長野を見て曖昧に言葉を濁す。

キラキラネームってやつかな……。

すごい似合ってるけど。

そんなことを考えていると、長野が不思議そうに首を傾げているのに気がついて、「なんでもないよ」と笑った。


色々あった皆のいざこざも解決したことだし、今日は2日も休んでいる里宮のお見舞いにでも行ってみるか。



* * *



……どうしよう。


一旦家に帰り、私服に着替えてから里宮の家に来たはいいものの……。

俺は里宮の大きな家を見上げてため息を吐いた。

連絡もしてないし、まだ寝てるかもしれないし。

長野も連れて来ようとしたのだが、用事があるらしく結局ひとりになってしまった。

……やっぱり、帰った方が良いか。


インターホンの前で挙動不審になっていると、二階の、おそらく里宮の部屋の窓がガタンと音を立てて勢い良く開いた。


「なにしてんの、高津」


頭上から飛んできた声にビクッと身体を跳ねさせる。

顔を上げると、窓際に部屋着姿の里宮が立っていた。


「えっと……」


なんと言えば良いのかわからずに言葉を濁していると里宮は小さく息を吐いて顔を引っ込めた。

やっぱ迷惑だったかな……とそんなことを思ったのも束の間、いきなり目の前のドアが開いた。

何の前触れもなく突然開いたドアに驚き、息が止まりそうになる。

目を丸くして立ち尽くしていると、里宮は小さなあくびをして「どしたの」と言った。


その声を聞いてハッと我に帰る。

慌てすぎて一瞬自分がなぜここにいるのか忘れそうになるが、手に持っていたビニール袋の存在を思い出して落ち着きを取り戻す。

ビニール袋の中にはコンビニで買ってきたゼリーなどが入っている。


「お見舞い的な?」


ビニール袋を掲げながら言うと、里宮は「おー」と言いながらドアを大きく開けた。


「入って」


言われるがまま玄関に足を踏み入れる。

うんと伸びをしている里宮に、「もう大丈夫なのか?」と聞くと、里宮は頭を掻きながら「明日には学校行ける」と言った。


「そういえば明日……」


「なに」


「たぶん、騒がしいと思う。川谷が」


言うと、里宮は首を傾げて「は?」と吐き捨てるように言った。


実は数時間前……。


『告白とかは誤解だから。飯島さん、川谷のこと心配してたよ。川谷に酷いこと言ったって』


『でも、“好き”って……』


『……それは飯島さんに直接聞いて』


……ということがあったのだ。

俺が説明すると、里宮は分かっているのかいないのか「あー」と適当に声を発した。


「そういえば、長野大丈夫だった?」


思い切り話を変えた里宮に苦笑しながらも、記憶喪失のことだろうなとすぐに理解した。


「元気だったよ。俺も心配してたんだけど、『ただ階段から落ちて一瞬記憶飛んだだけだから! すぐ戻ったし!』って。ちょっと楽観的すぎる気もするけど」


苦笑いを浮かべると、里宮は「長野が大丈夫って言うなら大丈夫なんじゃない」と言ってキッチンへ入って行った。


「お茶でいい?」


「あぁ、悪い。ってか寝てなくていいのかよ」


里宮は小さく頷いて俺にお茶の入ったコップを差し出した。


「……高津」


里宮にしては控えめな、小さな声が聞こえて俺はなるべく優しい声で「どうした?」と聞いた。


「やっぱ、私と篠原は似てないよ」


どこか寂しげにそう言った里宮に、俺はなにも答えられなかった。



* * *



「「川谷おめでとー」」


翌日、俺たちは昼休みにいつもの裏庭に集まっていた。川谷の告白は見事に成功し、飯島さんは川谷の“彼女”になった。


「五十嵐は?」


俺が聞くと、みんなの視線が五十嵐に集中する。

五十嵐は珍しく照れているのか、そっぽを向いて無言でピースをした。

その頬が微かに赤く染まっている。


「五十嵐もおめでとう!」


興奮状態の川谷が満面の笑みで言う。

五十嵐の告白も成功したみたいだ。


「長野は好きな人とかいないの?」


それとなく尋ねると、長野は一瞬キョトンとした顔になったかと思うと、突然大声をあげて笑い出した。


「あははははっ」


「な、なんだよ」


「いやぁ、俺にはそーゆーのはまだ早いな! 兄夫婦見てるだけで十分だわ!」


長野は元気良くそう言っていつものちょんまげを跳ねさせた。


「うるさ」


隣から聞こえた声に振り返ると、里宮が目を擦って顔をしかめていた。


「まだ体調悪い?」


「いや、フツーに眠い」


大きなあくびをしてそう言った里宮に、俺は思わず苦笑した。

それぞれの気持ちが晴れ、裏庭の空気は今までで一番澄んでいる気がした。

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