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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
54/203

53. 昨日のこと

昨日は、色々と頭を使う1日だったな。

そんなことを考えながら、俺は裏庭に向かっていた。

今日も里宮は隣にいない。練習試合の翌日から2日も休んでいる里宮を心配に思いながらも、どうすることもできない俺はただ待つことしかできなかった。


「悪化してないといいけど……」


小さく呟いて非常階段を下り、古びたドアを開けるといつものベンチには長野がポツンと座っているだけだった。


「あれ、みんなは?」


長野の隣に座りながら聞くと、長野は振り返って小さくあくびをしながら答えた。


「五十嵐は急用で早退するって。里宮は休みだし、川谷は……うん、まぁ」


なんだよ、『うん、まぁ』って。

曖昧に言葉を濁す長野に眉をひそめると、長野はどこか気まずそうに口を開いた。


「いやぁ……五十嵐は、急用ってアレじゃん? さっき教室で妹から電話かかってきて、“高橋”が目覚ましたって言ってたし」


「あぁ、そういえばさっきLINE来てたな」


五十嵐の初恋の人であり、“呪い”の原因でもある“高橋”。

トラウマと向き合うことは簡単なことではないけど、どこかで五十嵐なら大丈夫だと思っている自分がいた。


「……で、川谷は?」


話を戻すと、長野は「んー」と話すのを躊躇っているのか困ったような笑い方をした。


「今、高津に会いたくないんだってさ」


「え?」


予想外の発言に、思わず間抜けな声を出してしまう。

俺に会いたくないって? 川谷が?

俺、なんかしたっけ……。

慌てて思考を巡らせていると、長野が小さく溜息を吐いた。


「だってさぁ、俺も言ったじゃん。川谷の好きな人、飯島 香澄かもしれないって」


「それは聞いたけど……」


なんでそれが、俺を避ける理由になるんだよ。


「川谷は辛いんじゃないの? 好きな人が自分の友達のこと好きなんだから。まぁ、俺にはそういうのよくわかんないけど」


そう言って小さく息を吐いた長野は、一瞬寂しげな目をしたように見えたが、すぐに大きなあくびをして「眠すぎ」と笑っていた。

長野が言った言葉を何度頭の中で再生しても、話の内容が全く理解できない。

俺は思わず頭を抱えて苦笑いを浮かべた。


「待って、ごめん。なんの話?」


俺が言うと、長野は「とぼけんなよ〜」とニヤニヤしながら俺の脇腹を小突いてきた。

普通に痛い。


「昨日、飯島 香澄に告られたんだろ? 一階の階段のとこで」


その言葉に、俺は思わず思考停止した。

段々と長野が言ったことを理解していくにつれ、俺の顔も引きつっていく。


「は?」


「え?」


俺と長野の戸惑いの声が重なる。

昨日の飯島さんの姿を思い出して、俺は思わず溜息を吐いた。


「違う、あれは告白とかじゃなくて……」


俺は呆れ半分に笑いながら昨日のことを話し始めた。



* * *



“昨日のこと”なんて言っても、そんなに大きなことではなかった。

カバンの小さなポケットに入っていたメモ用紙に気がついたのは、部活着に着替えようとしていた時だった。


小さく折りたたまれた紙には、『放課後一階の階段前に来てください』と綺麗な字で書いてあった。


裏側には『2年E組 飯島 香澄』と丁寧に学年とクラスまで書いてあった。その人が川谷の好きな人かもしれない、と長野に聞いたことがあったから、俺は行ってみることにした。


階段へ行くと、そこにはバレー部のユニフォームを着た飯島さんが立っていた。

呼び出されて来たはいいけど、どう話し出せば良いんだ? いきなり『何?』って言うのもなんかな……。

そんなことを考えて俺が黙ったままでいると、飯島さんが口を開いた。


「あの、突然呼び出してごめんなさい。その、急にこんなこと聞くの、変かもしれないんだけど……」


恥ずかしそうに髪をいじっていた飯島さんは、なにかを振り払うように首を振り、拳を握りしめて言った。


「川谷くんのことなんだけど!」


恥ずかしさでいっぱいの顔をした飯島さんは耳まで赤くしながら話をまとめ始めた。


「この前、私、川谷くんにひどいこと言っちゃったの」


『よけいなことしないで』


「川谷くんは、私を助けようとしてくれたのに……。私は、川谷くんに迷惑かけるのが怖くて……。私……私、川谷くんに嫌われちゃったかなぁ」


頬をわずかに赤く染めて俯いた飯島さんを見て、なんだかむず痒い感覚に襲われる。


「飯島さんは、川谷のこと好きなの?」


思わず直球すぎる質問をぶつけると、飯島さんは目を丸くして慌てて顔を伏せた。前髪で隠された頬がみるみるうちに赤くなっていく。


「好き……です」


やけに現実味のある言葉に、心臓がドクンと大きな音をたてた。

そうか、川谷はこの言葉を聞いていたのか。

全く、タイミングが良いんだか悪いんだか……。


あの時の『好き』は俺に向けられたものなんかじゃなくて、川谷に向けられた『好き』だったのに。

まぁそんなこと、気づくのは難しいか。


こんなのは初めてでどうしたら良いかわからなかった。

今まで友達と呼べる存在もほとんどいなかったし、“友達の恋愛”に関わることなんてなかった。


どうして、ちゃんと答えてあげなかったのだろう。

『川谷が好きなのは飯島さんだよ』と。

教えてあげればよかったのかな、とも思うが、俺が言ってしまうと安っぽい言葉になってしまう気もした。


俺が首を突っ込んではいけない話のような気がしたから、俺は飯島さんに何も言えなかったんだ。

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