5. 出会い
里宮と出会ってから、もう一年が経とうとしていた。
雷門高校1年A組に入学した俺は、里宮の存在を知った。
第一印象はチビ。変わったヤツ。
それだけだった。
でも里宮は人気者で、いつも男子の中心にいて。
いつしかそんな里宮を羨ましく思うようになった。
俺は入学して一週間、友達なんて一人もできていなかったから。
まぁ、そんなことは初めからわかっていたけど。
“茜”という女っぽい名前のこともあって、中学校でもあまり人と関わりを持たなかった。
『“茜”? 誰それ女?』などと言われるのはすでに日常のことで、『“茜”? 女くせーw』などと馬鹿にされることが多々あった。
そんなこんなで、“楽しい高校生活”なんて送れるはずがないと諦めていた。
そんなある日。
入学式から一週間以上が経ち、始まったばかりの部活に緊張しながらも慣れ始めた頃。
放課後の教室で、里宮に出会った。
いや、もともと同じクラスだから“初めて会話をした”という方が正しいのかもしれない。
誰もいない教室で少し安心感を覚えながら体育館へ向かおうとした、その時。
『ガラッ』と音をたてて、教室に誰かが入ってきた。
気だるそうな瞳、か細くて小さい体、ポニーテールの長い髪、そして“男バス”の部活着を着た“女”。
そう。それが里宮だった。
俺と里宮は初めてそこで会話をした。
里宮は自分よりはるかに大きい俺を恐れる様子もなく近づいてくる。
そんな里宮に驚きつつも、その迫力に軽くのけぞった。
俺の目の前まできた里宮は表情を変えることなく言った。
「あんたが、高津 茜?」
綺麗な声だった。
里宮の気だるそうな目に上目遣いで見つめられた俺は軽くパニックになり、「え? は、はい……」と曖昧に答えた。
すると次の瞬間、里宮の細くて小さな手が俺のごつい手首を掴んだ。
「え? ちょ、あの……?」
俺が戸惑っているにもかかわらず、里宮は無表情のままで歩き続けた。
「あんた、バスケ部でしょ?」
それだけ言われ、ただただ引きずられるように連れてこられたのは体育館裏だった。
そこには、すでに3人の男の姿がある。
それを見た瞬間、俺の脳内に警告が鳴り響いた。
反射的に、里宮の小さな手を振り払う。
里宮は驚いて振り返った。
俺は睨みつけるように里宮を見下ろし、震える唇で小さく言った。
「なに、する気だよ……」
声がかすれた。
いつも、ひとりぼっちなのは。
“友達がいないのは、名前のせいだ”なんて、言い訳だった。
本当はただ、弱いだけだった。
小学生の時にいじめられた痛みが未だに忘れられず、人と関わるのをためらっていたのだ。
友達なんていらない。
どうせ自分が傷つくだけだ。
そう、毎日のように自分に言い聞かせていた。
時が経てば人は、痛みを忘れてしまう。
だからまた、繰り返してしまう。
俺はそんなのは嫌だった。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
あんな、苦しい思いは……。
「『なにする気』って、なにされると思ったの」
里宮が真顔で問いかける。
俺がなにも答えずにいると、里宮はそっと小さなため息を吐いた。
「大丈夫だよ、なにもしない。ほら、行こ」
そう言って里宮は俺の背中を押す。
「ちょ、ちょっと!」
慌てているうちにどんどん3人の男子たちの顔がよく見えるようになってくる。
3人とも同じクラスの男子だった。
目の前まで連れて行かれると、急に里宮が俺の背中を『バンッ』と叩いた。
「こいつが高津 茜」
ただそう言い放っただけだったので、悪気はないのだろう。すると、男子の中の一人が口を開いた。
「高津くん? って同じクラスだよね? 俺、五十嵐 修止。よろしく〜」
ニコニコと愛想よく挨拶され、俺の警戒心は少しだけ薄れた。
「俺は長野 竜一。よろしくな!」
そう言ってウィンクしてきた男子はちょんまげをしていた。
「俺は川谷 健治。よろしく」
最後に自己紹介をした男子は静かで真面目そうな印象だった。3人はしばらく里宮の方を見て黙り込んでいたが、長野が言った。
「え、里宮自己紹介しないの?」
里宮は真顔で小首を傾げる。
「するの?」
「お前だけズルいぞ!」と川谷も口を出し、里宮は呆れたように小さく息を吐いて話し始めた。
「えーと、私、里宮 睡蓮。よろしく」
そう言うと、里宮は俺に右手を差し出した。
え、握手とかする人なんだこの人。
そんなことを思いながら、俺は里宮の右手を握った。
やけにサイズの合わない握手で、赤ん坊にでも手を掴まれたかのような感覚だった。