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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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48. 一番知りたいこと

疲れた……。


練習試合翌日。

騒がしい教室を眺めて溜息を吐く。

俺は全身の力を抜いて机に体重を預けていた。


「大丈夫かよ五十嵐〜」


クラスメイトたちが笑いながら言うが、もはや笑い返す気力もない。

結局、高橋はあれから目を覚ますことなく、俺は何も話せずに帰ってきていた。


いや、もう全然生きてるだけでいいんだけど。


高橋は、様子を見てあと1ヶ月ほど入院するらしい。

高橋が退院すれば、俺はもう高橋とは会えなくなる。

連絡先も知らないし、また他人に戻るだけ。


……そうなる前に、覚悟を決めないと。


ボーッとそんなことを考えながら自販機で飲み物を買い、裏庭へ行く。


曇り気味の空を見上げて、今日傘持ってきたっけな、なんて考えながら紙パックにストローをさす。


「まずっ」


思わず声を上げて紙パックをまじまじとみつめると、そこには『あま〜いカフェ・オレ』と書かれていた。


「珍しいな、そんな甘いの飲むの」


隣から高津が声をかける。

珍しいも何も、俺は甘い物は嫌いなんだよ。

ベトベトして気持ち悪い。


「間違えて買ったんだよ。こんなんまずくて飲めねぇし」


紙パックを破壊して中身を捨て、空になった紙パックをゴミ箱に放り投げる。


なんとなくモヤモヤした気持ちが、今日の空の色とシンクロしていた。



* * *



「げ」


掲示板に貼られたプリントを見つめて、思わず顔をしかめる。


「長野また補習かよ〜」


あははと笑いながらからかってくるクラスメイトたちに「うっせ!」と笑い返し、重いバッグを肩にかける。


クラス代表のバカ男。

長野 竜一、16歳。


バカってそんなにダメなこと?



* * *



暖かい日のあたる裏庭。

俺たちは2年になってからもみんなで集まって弁当を食べていた。


弁当って言っても、俺はコンビニだけど。

雷校には学食がないから俺はいつもコンビニか購買で昼飯を買っている。

コンビニも購買も美味いから不満はないけど、たまに手作り弁当とかを見るとちょっと羨ましいなって子供みたいなことを思ったりする。


本当にちょっとだけ。


そんなことを思いながらコンビニで買ったパンを頬張っていると、隣に座っていた川谷が箸を止めてボーッとしているのに気づく。


「おーい! 生きてる? 川谷」


コンビニのパンを食べ終え、袋を丸めながら川谷の顔を覗き込むと、川谷はハッとした様子で顔を上げた。


「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」


「さては好きな人でもできたな〜?」


からかうように言うと、川谷はみるみるうちに顔を赤くした。冗談だったんだけど……。


「図星か〜」


ニヤリと笑うと、川谷は無言のまま目を逸らした。

耳まで赤くなっていて面白い。

“好きな人”かぁ……。


“恋”っていうものがわかるのは少し羨ましい。

誰の話を聞いたって、女子に好意を向けられたって俺には何一つ理解できない。

まぁ、馬鹿だから仕方ないか。


「で、川谷の好きな人って誰!?」


「ちょ、馬鹿声が大きい……!」



* * *



「はー、まじ疲れた! てかよっしーもっとわかりやすく教えて!」


「えっ、わかりにくいの!?」


よっしーこと数学教師の栄 吉永はガーンとでも言いたげな顔をして飛び上がった。


「あははは、長野ひでー」


教室が笑いに包まれると同時に、俺と同じように補習を受けていた生徒達がそう言った。

賑やかな教室の中で笑いながら、チクッと胸が痛む感覚を覚える。


チラッとよっしーの顔色を伺うと、よっしーは呆れたように笑っていて、さっき俺が言ったことはあまり気にしていないようだった。


それを見た俺はホッと息を吐く。

昔からそうだった。


俺は思ったことをすぐ口に出してしまう。

そのせいで、気づかないうちに人を傷つけることが何度もあった。


どれだけ気をつけていても、ペラペラと喋る口は途中で止まってくれないし、気づいた時にはもう手遅れ。

わからなくたって、教えてくれる人なんていない。


人を傷つけない方法とか、寂しくならない方法とか、勉強以外のことも学校で教えてくれたらいいのに。


そんなことを考えながら、楽しそうに笑う補習組の仲間達を見回す。

良い先生、良い生徒。それでも学校は学校で、どこか距離は遠く、勉強がなければ繋がっていられない関係。


この場所はいつも、俺が一番知りたいことは何も教えてくれないんだ。




地獄のように長かった補習が終わり、足早に学校を出る。

カシャンと安っぽい音がして自転車の鍵が開いた。


カップ麺まだあったっけな、なんて考えながら自転車にまたがり坂道を下る。

春といっても夜はまだ寒い。冷たい風が頬にあたり、忘れかけていた冬の存在を思い出させる。


数分自転車を漕ぐと、目新しく感じていた道が段々見慣れた道に変わっていく。

適当に自転車を止め、家のドアに鍵をさすと、カラッと中身のない音が響いた。


鍵が空いてる?

朝閉めて行ったよな?


首を傾げつつも家に入って鍵を閉めると、奥から大人の笑い声が聞こえてきた。


もともと傾げていた首の角度が更に深くなる。

恐る恐る和室の襖を開けると、一番に飛び込んできたのは充の笑顔だった。


「は!?」


目の前の光景が信じられず、思わず後ずさる。

そこには両親と充と……知らない女の姿があった。


「おかえり、竜」


目を見開いて呆然とする俺に、充はにっこりと微笑んだ。


「た、ただいま……?」


“ただいま”で合ってるよな?

先に“おかえり”か?

いやいや、そんなことより……。


やがて俺の目線の先にいる人物に気がついた充は、微かに目を細めて言った。


「竜。俺、結婚することになったんだ」


「……は?」


嬉しそうに笑う充と、知らない女。

俺はただ目を丸くして立ち尽くすことしかできなかった。

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