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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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44. 予想外の再会

「五十嵐くん! 実は、一年生の頃から好きでした! もし良かったら私と付き合ってください……!」


「……ごめん、俺好きな人いるんだ」


「そ、そっか……」



断るセリフは毎回ワンパターン。

その“好きな人”は記憶の底で笑ったまま。


五十嵐 修止、16歳。

“好きな人”なんていないよ。恋なんてしない。

そう、呪うんだ。恋も自分も。


俺は、幸せになんてなっちゃいけない。




* * *




『今日、優花が入院します。部活早めに終わったらお見舞いに来てね』


母親からのLINEを読んで、俺は思わず溜息を吐いた。

“入院”か……。これで何回目だろう。

部活休んで行こうかなぁ。

近いうち試合もないし……。

あ、そういえば今日仮入部期間か。


『ちょっと部活出てから行く』


母親に返信し、スマホをポケットにしまう。

小さく息を吐いて顔を上げると、ぼーっとしている高津の背中が見えた。


自分の飲み物を買いに行くついでに里宮に頼まれた『イチゴ・オレ』を後ろから高津の右頬に当てる。


「つめてっ」という声を上げて振り返った高津に、やっぱりいじりがいがあるなぁ、なんて思う。


「高津、ぼーっとしてやんのー」


からかって笑っていると、「ガキかよ」という声が飛んできた。目元をこすってあくびをする里宮は、ガキというより幼稚園児みたいだった。


ほんと、どこが高校二年生だよ。

里宮も、高津も、俺も。

隣のベンチで言い合いをしている川谷と長野は、更に幼く見えた。

まぁ、楽しそうだからいいか。




* * *




「じゃあ、俺そろそろ帰るけど」


席を立ちながら言うと、優花は「うん」と柔らかく笑った。


「ありがとう。気をつけて」


小さく頷いて静かにドアを閉めると、オレンジ色に染まる空が窓越しに見えた。

長く続く白い廊下も薄くオレンジ色に照らされている。


今まで何度も来たことのある病院だ。

優花はほとんどこの病院で過ごしていると言っても過言ではない。

病衣以外の私服を着ている優花の姿もすぐに浮かばないし、制服を着ているところなんて見たことがない。


いつになったら、優花はこの狭い世界から出ることを許されるんだろう。


そんなことを考えながら夕日を眺める。

でも、夕日って……今、何時だ?

歩きながら左腕を覗くと、そこに腕時計がないことに気づく。


優花の病室で外してそのまま置いてきたかもしれない。

病室まで戻ろうと思い振り返った時、後ろから呼び止める声が聞こえた。


「あ、あのっ!」


驚いて振り返った俺は、思わず目を見開いた。

その声も姿も、“あの頃”と変わらない。


なんで、どうして、こんな所で。


「五十嵐くんだよね? 久しぶり!」


嬉しそうに近寄ってきた女の、ふわっと揺れるボブがいつかの誰かと重なる。


そこで会ったのは、病衣を着て、点滴スタンドを持った高橋 舞だった。




* * *




高橋 舞。

小学6年の時クラスが同じだった。

あまり目立たなくて、静かで、それでも友達はたくさんいて、いつも笑ってた。


俺の、呪い。




「こんな所で会うなんて……。五十嵐くん、どうしてこんな所にいるの?」


毛先をいじりながら照れたように笑う高橋は、あの頃と何も変わっていなかった。


「俺は妹の見舞いで……。高橋こそどうしたんだよ」


動揺を悟られないようになるべく平然とした声で言うと、高橋は恥ずかしそうに笑った。


「うん……ちょっとね。今すごく暇で、散歩してたところ」


「……そっか」


高橋の笑顔が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。

高校生になった高橋は病衣を着ていて、スリッパを履いた足は裸足だった。点滴はしっかりと右腕に繋がっている。


正直高橋が入院していたことにはとても驚いた。

俺が知っている高橋はいつも元気で、とても病気を持っているようには見えなかった。心配な気持ちはもちろんあるけど、他人である俺が簡単に聞いて良い話ではないだろう。


「じゃあ、病室まで送るよ」


点滴の繋がった痛々しい右腕から目を逸らし、なんとも思っていないような口調で言うと、高橋は少し驚いたように目を丸くしたあと、「ありがとう」と、

あの頃と同じ笑顔を浮かべた。


あの頃の、高橋の柔らかい笑顔。

軽く揺れるボブの髪。

その全てに、俺は恋をしていた。


俺があの時笑っている間に、ずっと優花が苦しんでいたことなんて知らずに。


嫌なことを思い出してしまいそうになり下を向いていた俺に、高橋が躊躇いがちに声をかけた。


「あ……ここだよ」


顔を上げると、俺は思わず「え?」と間抜けな声を出してしまっていた。不思議そうに首を傾ける高橋の方を向いて、思わず苦笑いを浮かべる。


「妹の病室と、隣みたい」


優花の病室を指さすと、高橋は目を丸くして口元を抑えた。その奥から、「え?」という声が漏れる。


「うそ……優花ちゃんの、“お兄ちゃん”?」


……ん?


嫌な予感が胸に広がって行く。

俺の浮かべていたろくでもない薄ら笑いが、確かに引きつっていった。




* * *




「お兄ちゃん忘れ物したでしょ〜」


扉を開けるなり、ベッドで体を起こしていた優花が腕時計を左右に振ってそう言った。


「あ、舞ちゃんもいる」


平然とそう口にした優花に、俺は思わず苦笑した。

優花のやつ、知ってたのか……。


「優花ちゃんの“お兄ちゃん”て、五十嵐くんのことだったの? 教えてくれれば良かったのに〜!」


そう言いながら優花のベッドに駆け寄った高橋の迫力に軽くのけぞった優花は「あはは、迫力すごいよ舞ちゃん〜」と笑顔で言った。


そういえば優花って、若干毒舌なんだよな……。


「いやぁ、私を“五十嵐くん”の他人だと思い込んで『優花ちゃんと同じ苗字の人がね』ってたまに話題にでてくるのが面白」


「わぁぁ! 優花ちゃんストップ! 恥ずかしすぎ!」


慌てて優花の口を塞いだ高橋は耳まで赤くしていた。

まぁ俺と優花は全くと言って良いほど似ていないし、気づかないのも無理もない。


「まぁ、私は舞ちゃんのこと前から知ってたけどね! ある意味!」


にこやかにそう言って俺に向かってウィンクしてきた優花の口を、今度は俺が塞いだ。


「ば……っかやろう」


優花は昔から余計なことばっか言うんだよな。

『ある意味!』じゃねぇよ。

俺の恋心なんて優花にモロバレだったし。

なんて言うか、なにかと感が良いんだよなぁ。


……なにかと?


「お兄ちゃん、何それヘンな顔〜」


あははと笑う優花の声でハッと我に帰る。

今、なにか違和感を感じたような……。


「あ……か、帰る」


呟くように言うと、二人は「「え?」」と首を傾げた。構わず病室を飛び出した俺の背中に、「五十嵐くん腕時計!」と叫ぶ高橋の声が聞こえたが、それすら無視して走り続ける。


なんだ?

俺はさっき何を思い出した?


強く脈打つ心臓を抑え、俺はただ全力で走り続けた。




* * *




病室にポツンと取り残された二人は顔を見合わせる。

高橋は持っていた腕時計に目を落として「忘れて行っちゃったよ」と苦笑いした。

更に濃くなった夕日が優花の病室を染める。


「馬鹿だからねぇ〜」


優花があははと笑って言うのを聞いて、高橋は腕時計を握りしめた。


「……ほんと、ばか」



小さく呟いた高橋は、どこか寂しげな瞳をしていた。

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