42. 程遠い存在
「おーい! 生きてる? 川谷」
コンビニのパンを食べ終えた長野に声をかけられ、ハッと我に帰る。
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「さては好きな人でもできたな〜?」
突然そんなことを言われ、俺は思わず驚いて噎せた。顔が赤くなっていくのがわかる。
そんな俺の様子を見た長野は「図星か〜」と言ってニヤリと笑った。
なんで一番にバレるのが長野なんだよ。
一番鈍そうなのに……。
「で、川谷の好きな人って誰!?」
「ちょ、馬鹿声が大きい……!」
ギャーギャー大声を出して騒いでいると、隣のベンチから「つめてっ」という高津の声が聞こえてきた。
「高津、ぼーっとしてやんのー」
冷たい紙パックを高津の頬に当てた五十嵐は面白おかしく笑っていた。
小学生かよ、あいつは。
そんなことを考えて思わず呆れ笑いを浮かべる。
2年生になってからも、俺たちの仲は変わらなかった。クラスが変わっても部活は同じだし、昼休みにはこの裏庭で1年の時のように過ごしていた。
変わらないみんなの姿を見て、俺は少しホッとした。
「川谷〜」
名前を呼ばれて振り返ると、そこにはよっしーが立っていた。よっしーとは、俺のクラスである2年F組の担任であり、数学教師の栄 吉永だ。俺たちと年齢が近いこともあり、生徒からはかなり人気が高い。
裏庭から戻ってクラスメイトと話していた俺は教卓からよっしーに声をかけられた。
「ちょっと職員室までプリント運んで〜」
「はーい」
軽く返事をして教卓に近寄る。
そこには結構な量のプリントが山積みにされていた。
「ちょっと量多いけどよろしく!」
……ちょっとって量じゃないよな、これ。
「……別にいいんだけど、なんで俺?」
教室には他の生徒たちも沢山いる。
別に係ってわけでもないし……。
そんなことを考えていると、よっしーはニコッと笑って「優しそうだから!」と答えた。その屈託のない笑みに思わず苦笑する。
「まぁいいや……。机に置いとけばいい?」
ずっしりと重いプリントを持ち上げて言うと、よっしーは「頼むわ〜」と両手を合わせた。
はいはい、と笑いながらプリントを持ち直し教室を出る。絶対これひとりに運ばせる量じゃないよな。
まぁ別にいいけど……。
でももうひとりくらい頼んでくれたっていいよな。
いや別にいいんだけどさ!
「川谷くん?」
突然聞こえてきた透き通るような声。
ハッとして振り返るとそこに立っていたのは飯島さんだった。
「大丈夫? それ重そうだね。半分持つよ」
「え? あ、ありがとう」
飯島さんはニコッと笑って小走りに俺に近づき、プリントを受け取った。
普通なら断ってたけど、職員室に行くまで話せるし。
さっきまで微妙な気持ちだったけど、よっしーのおかげで飯島さんと話すきっかけができた。
ありがとうよっしー。
そんな馬鹿っぽいことを考えながら歩き出した時、階段から現れた人影が飯島さんに声をかけた。
「あ、香澄! 今日体育館だって!」
「おぉ、了解! ありがとう!」
軽やかな足取りで階段を駆け上がって行った女子に笑って手を振る飯島さん。話の内容からして、部活のことだろう。でも、体育館って……。
「飯島さんって何部なの?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、飯島さんはどこか気まずそうに微笑んだ。
「バレー部だよ」
「え」
バレー部とはたまに体育館を半分づつ使う。ということは、1年の時から隣のコートで練習してたってことか……? 全然、気づかなかった。
部活の時は毎日必死で、隣のコートなんて気にする暇もない。それに初心者の俺が、余所見をするほど余裕がある訳がない。
「……ごめん、全然知らなかった」
「ううん、そんなのいいんだよ! ……でも、私は知ってたよ。川谷くんのこと」
「え?」
顔を上げると、飯島さんは恥ずかしそうに前髪をいじって笑っていた。その頬が薄くピンク色に染まっている。
「あ、着いたね」
飯島さんの声にハッとして前を向くと、職員室のドアがすぐ目の前にあった。
「あぁ、ありがとう」
「ううん、全然!」
慌てて飯島さんの手からプリントを受け取る。
わざわざ手伝ってくれたのに、見惚れてる場合じゃないぞ! 自分!
「じゃあ、また放課後? かな?」
小首を傾げて微笑んだ飯島さんに、思わず「うん!」と幼い返事をして笑う。軽く手を振って俺に背を向けた飯島さんは廊下の奥に消えて行った。
振っていた手を下ろすと、無意識にため息が漏れだした。話せば話すほど好きになっていく。
飯島さんの良いところを見つけるたび、嬉しくなると同時に自分には程遠い存在なのだと痛感させられる。
これは叶わない恋なのだと、分かり切っていたことがまた俺の気持ちを沈ませる。叶わない恋なんて辛いだけだ。今なら、まだ間に合うかもしれない。
引き返せなくなる前に、手遅れになる前に諦めろ。
諦めるんだ。
……そしたら、どこも痛くないだろ。




