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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
40/203

40. 嘘の理由

「「勝ったぁぁー!!」」


青山高校との練習試合を終えた一年生達は飛び跳ねてはしゃいでいた。

その中には急遽試合に出ることになった篠原の姿もある。後輩たちの眩しい笑顔を見て、俺も思わず微笑んでいた。

そうか、確か初試合だもんな。そりゃ嬉しいか。


そんなことを考えながらユニフォームで汗を拭いていると、ジャージ姿の里宮が「高津、おつかれ」と声をかけた。


高く結ばれたポニーテールが揺れる。

ブカブカのジャージから見え隠れしている里宮の左手には包帯が巻かれていた。


「大丈夫か? それ」


確か、怪我したって言ってたな。

里宮にしては珍しい。

包帯が巻かれた里宮の左手首をさして言うと、里宮は「あぁ」と思い出したように左手首に触れた。


「これは……」


「先輩!」


里宮の言葉を遮った声に、反射的に振り返るとそこにはユニフォーム姿の相沢が立っていた。


「あの、今日はありがとうございました」


突然深々と頭を下げた相沢を見て、俺は思わず首を傾げる。

なんのこと、と尋ねるより先に、里宮は「あぁ、全然」と答えた。表情ひとつ変えずに頷いた里宮に、益々訳が分からなくなる。


「俺、あんな目をしてバスケやってるシノ、初めて見ました。シノを試合に出させてくれて、ありがとうございました」


そう言った相沢は嬉しそうに目を細めて再び頭を下げた。

なんか保護者みたいな話し方だな。そんなことを思うと同時に、俺の頭にひとつの疑問が浮かんだ。


……ん? 『試合に出させた』って……?

混乱する俺とは別に、相沢は話を続ける。


「……でも、シノのために嘘吐かせちゃってごめんなさい」


嘘……?

段々と嫌な予感が胸に広がって行く。


「うん。平気」


小さく頷いてそう言った里宮は、そっと左手首の包帯に触れ、何の躊躇もなく一気に包帯を解いた。

露わになった里宮の左手首を見て、俺は思わず顔をしかめる。


何の異常もない手首。

相沢の言葉。“嘘”……。


「里宮、怪我したって嘘なの?」


恐る恐る尋ねると、里宮は無表情のまま小首をかしげた。


「嘘だけど?」


……いや、当たり前じゃんみたいな感じで言われても。

何と言えば良いのかわからずに黙り込んでいると、その場の異様な雰囲気を感じ取ったのか、相沢はヘラッと笑って軽く頭を下げた。


「あ、じゃあ俺はこれで」


足早に逃げていく相沢を尻目に、俺はため息を吐いて里宮に向き直った。


「なんで嘘なんか吐いたんだよ、里宮。練習試合だからって、手を抜いていいわけじゃないだろ」


前から思っていたけど、里宮は篠原のことを気にしすぎなんだ。負けず嫌いでバスケ馬鹿の里宮が、嘘を吐いてまで篠原を試合に出させた理由が俺には全くわからない。


それにコーチの決めたチームを崩すなんて以ての外だ。どれだけ試合に出たくても、選手として選ばれなければ試合には出れない。それが決まりだ。

篠原の他にも、試合に出れなかった一年生は沢山いる。


里宮は唇を尖らせて「別に手を抜いたわけじゃない」と呟くように言った。


「じゃあなんで」


食い気味に言うと、里宮は小さくため息を吐いて頭を掻いた。


「嘘吐いたのは謝る。……でも、ほっとけなかったんだよ、篠原のこと。なんか、昔の自分を見てるみたいで」


そう言った里宮は、呆れたような、何かに悲しむような、そんな瞳をしていた。




* * *




「……昔の自分?」


「高津、里宮! いつまでそこにいるんだよ、帰るぞ!」


突然後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはジャージ姿の川谷が立っていた。


「あ、あぁ……」


俺は曖昧に答えてベンチから立ち上がり、ジャージを羽織る。

里宮も無言のままカバンを肩にかけて立ち上がった。

さっきのことは、また後で話せば良いか。

ぼーっとしながら歩いて行くと、川谷がそのまま会場の出入口へ向かっているのに気づく。


「あれ、五十嵐は?」


あたりを見回しながら言うと、川谷が振り返って「あぁ、さっき走って帰ったよ」と言った。


「え? 走って?」


普段はのんびりしている五十嵐の姿を思い出し、俺は思わず聞き返した。


「うん。なんか急いでるみたいだったよ、珍しく」


川谷も驚いた様子でそう言った。

バスケしてる時以外はのんびり自由な性格をしている五十嵐が焦ったりしている所はあまり見たことがない。


「……なんか大事な用事でもあったのかもな」


特に気にすることでもないか、と再び歩き出し会場を出ると、里宮が「長野は?」と小首を傾げた。

それを聞いて俺は思わず呆れ笑いを浮かべる。


「長野は今日休みだろ」


さすがに長野が休みだということ自体知らなかった訳ではないだろうが、今のは普通に可哀想。


「風邪かな。あいつ滅多に風邪ひかないって言ってたけどな〜」


川谷が頭の後ろで手を組んで言う。

里宮は「忘れてた」と適当なことを言ってあくびをしていた。






駅に着き、川谷と途中で別れた俺たちは人混みのホームで電車を待っていた。

さっきの話の続きを聞こうにも、どう切り出したら良いのかわからない。

小さく息を吐いていると、里宮が「そういえば」と口を開いた。


「篠原、部活続けるって」


「おぉ、まじか。良かった」


忘れかけていたけど、篠原は部活を辞める気でいたんだった。まぁ、あの試合直後の笑顔を見たら、辞める筈がないと一瞬で分かる。


「篠原はさ」


里宮の声で、俺はハッと顔をあげた。


「自分の嫌なとことか、怖いことにも立ち向かってて、すごいなと思った。篠原は自分のこと弱いって言ってたけど、私は篠原のことすごく強い人だと思う」


「まぁ、本当に弱かったら試合なんて出れないもんな」


「……私は篠原みたいにできなかった」


そう言った里宮の顔は見えない。


『もう、会いたくなかった……』


「嫌なことから逃げてる。今でも、ずっと」


呟くように小さな声で言った里宮が、突然フラッと前のめりに倒れそうになる。


「ちょ、里宮!」


俺は慌てて腕を出して里宮を支えた。

「大丈夫か?」そう言って顔を覗き込むと、里宮は微かに顎を引いて頷いた。



里宮の頬が、いつもより赤い気がした。

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