37. 気にかけてやって
日直の仕事が終わると、俺は勢いよく教室を飛び出した。
明日には他校との練習試合がある。
一刻も早く部活へ行きたかったのに、教室を出る前に岡田っちに捕まってしまった。
荷物を揺らしながら長い廊下を駆け抜ける。
まぁ、急いでいる理由は他にもあるんだけど。
俺は部室に荷物を置いて素早く着替え、体育館へ向かった。
今日は身体測定の日。
二年生は午後に測ったから、昼休みに皆と結果を教え合うことは出来なかった。
自分の身長を聞いてからずっと、早く自慢したくてウズウズしていたのだ。
ガラッと体育館のドアを開けると、既に数人の部員が集まっていた。その中に皆の姿を見つけ、俺は思わず満面の笑みで駆け寄った。
「え、高津テンション高くない?」
「なんか怖いんだけど」
聞こえてんぞ。
小声で話していた川谷と長野を軽く睨み、「どした?」と聞いてきた五十嵐に向き直る。
「五十嵐! 身長! 伸びた!」
思わず大声で話し出してしまったが、五十嵐は「おお、よかったじゃん」と笑っていてあまり気にしていないようだった。
「何センチ?」
そう聞いてきた五十嵐に、俺は目を輝かせる。
その質問を待ってた!
「180センチ!」
「「え!」」
俺の身長を聞いた川谷と長野が飛び上がる。が、五十嵐は驚くことなく頷いた。
「180いったのか、よかったな〜。俺182だった〜」
俺と五十嵐が話しているのを見て、川谷と長野は気まずそうな顔をしている。
俺が「長野は?」と聞くと、長野は目を逸らしがちに「176……」と答えた。
それを聞いた瞬間、川谷は雷が落ちたかのような顔をした。
「裏切り者ぉ……!」
喚きながら長野に縋り付いた川谷のあまりの勢いに思わず苦笑する。
「川谷何センチだったの?」と五十嵐が聞くと、川谷は小さな声で「170ジャスト……」と呟くように言った。
「170いってるなら良いじゃん」
俺が言うと、「お前に言われたくねぇよ!」と川谷に睨まれた。
「ご、ごめん」
思わず笑いながら謝っていると、「里宮は?」と五十嵐が隣で靴紐をいじっていた里宮に尋ねた。
その場にいた全員の視線が里宮に集まる。
そんな視線に気づいたのか、里宮は顔を上げた。
「え、ごめん何も聞いてなかった」
『ズコッ』
俺たちは思わずずっこける仕草をして笑った。
まぁ、里宮らしいけど。
「身長何センチだった?」
五十嵐が苦笑しながら聞き直すと、里宮の表情がピシッと凍りついた。
あ……やばい。
誰もがそう察した瞬間、里宮が呟くように言った。
「142」
「「……」」
驚きの身長に、その場がしんと静まり返る。
リアクションに困っていると、五十嵐がフォローを入れた。
「別に、学年に1、2人くらいは里宮より小さいやついるだろ。……たぶん」
再び舞い降りた沈黙に耐えきれなくなったのか、里宮は大きなため息を吐いた。
「私はこの1年で身長伸ばすからいいもん」
プクッと頰を膨らませてそっぽを向いた里宮はボールを取って立ち上がり、「練習!」とコートを指さした。
「「はい!」」
思わず大声で答えて、皆はまだ誰も使っていないコートへ入って行った。
そういえば、まだバスケシューズを履いていなかった。俺はコートで早めに練習を始めた皆を見守りながら静かに腰を下ろした。
丁寧にキツく靴紐を結んでいると、コートに入っていた筈の里宮が俺の方に走ってきていた。
「どうした?」
軽く小首を傾げると、里宮はいつになく真剣な表情で口を開いた。
「篠原のこと、気にかけてやって」
その言葉を聞いて、俺は一週間前里宮と篠原が話していたことを思い出した。
『とりあえずあと一週間頑張ってみろよ』
あの“一週間”って、明日の練習試合までってことだったのか。
「篠原、部活辞めるかもしんないって」
「あぁ……」
「高津、知ってたの?」
里宮が不思議そうに小首を傾げたのを見て、俺は目を逸らして小さく笑った。
「まぁ、色々。とりあえず篠原のことはわかったよ」
適当に誤魔化すと、里宮は小さく頷いてコートへ入って行った。
篠原のことが心配なのは分かるけど……。
なんでそこまで、里宮が気にするんだよ。
疑問を抱きながらも、俺はそれを振り払うように勢いよく立ち上がり、コートで練習している皆の元へ走って行った。
* * *
青く晴れた空。暖かい風。
目を閉じて深呼吸し、心を落ち着かせる。
何の役にも立てないかもしれないけれど、自分に出来ることを精一杯やりきろうと心に決めたんだ。
そんなことを思いながら、篠原 祐斗は歩き出した。