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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
36/203

36. 先輩になる

暖かい日の差し込む中庭。

俺はぼーっとしながらバナナオレを飲んでいた。

隣ではギャーギャー騒いでいる長野と川谷がいて、反対隣では里宮が小さな寝息を立てている。


2年生になってから、俺たちはこの中庭で昼食を取ることにした。

非常階段を下りたところにある中庭には小さなベンチとゴミ箱があるだけで、立ち入り禁止の場所ではないのだが誰も近づこうとしない。

そもそも中庭の存在を知らない生徒の方が多いのかもしれない。


ぼんやりと空を眺めていると、後ろから俺の右頬に冷たいなにかが当てられた。

「つめてっ」と声を上げて振り返ると、そこには小さな紙パックを持った五十嵐が立っていた。


「高津、ぼーっとしてやんのー」


小学生のようにそう言って笑った五十嵐に、何か言い返してやろうと口を開いた瞬間、隣から「ガキかよ」という声が飛んできた。

見ると、寝ていたはずの里宮があくびをしながら目をこすっていた。


「あれ、里宮起きてたの?」


俺が言うと、里宮はまた大きなあくびをしながら「今起きた」と答えてうんと伸びをした。


「里宮、買ってきてやったのに寝てんなよー」


五十嵐が呆れたようにそう言って『いちごオレ』と書かれた紙パックを里宮に投げる。

それを受け取った里宮は不機嫌そうに「眠いんだもん」と呟きながらストローをさした。


ピンク色の紙パックが小さく音をたてる。

ふと、五十嵐が思い出したように口を開いた。


「そーいえば今日、仮入部だよなー」


そう。雷校バスケ部にも、ピッカピカの一年生が入部してくる。

俺たちは、遂に“先輩”になるのだ。




* * *




「「よろしくお願いします!」」


一年生達の元気な挨拶が一気に眠気を吹き飛ばした。

部活の時間になると、仮入部生は次々に体育館に集まり、十人くらいの人数になった。


緊張した様子の一年生達を見て、自分が入部した時のことを思い出して懐かしい気持ちになる。

でもきっと、一番緊張しているのはたぶん俺だ。


ふとコートに目を向けると、3年生はもう練習を始めていた。

後輩への指導は俺たち2年生の仕事なのだ。

とはいえ、俺たちもまだ2年生になったばかりだ。

ついこの間まではただの後輩だったのに、急に先輩らしくなることなんてできない。

先輩って、すごく難しいんだ。


2年生同士で話し合い、とりあえず自己紹介をしてもらおうということになった。

早速始めようとした瞬間、体育館のドアがガラッと開いた。


「すみません、遅れました!」


慌てた様子で体育館に入ってきたのは、恐らく仮入部生の一年生二人だった。


「名前は?」


唐突にそう言い放った里宮に、二人はぽかんと口を開ける。

まぁ、そうなるよな。

自分よりも小さい“女”の生徒がいるのだから。

……男バスの部活着を着て。


「あ、この人は里宮 睡蓮()()。雷校バスケ部のエース」


軽く里宮の頭に手を置いて言うと、黙っていた一年生の一人が口を開いた。


「あ、俺相沢 直己(あいざわ なおき)です。掃除で遅れました。あ、仮入部生です」


自己紹介した相沢は軽くお辞儀をした。


「ほら、シノ」


“シノ”と呼ばれ、肘を突かれたもうひとりの一年は相沢の後ろからひょこっと顔を出した。


「あ……僕は、篠原 佑斗(しのはら ゆうと)です。遅れてごめんなさい」


しょんぼりとした顔をした篠原は相沢の後ろに隠れるようにして下を向いた。

その時、隣から突然聞き慣れた声が発せられた。


「お前、チビじゃね?」


「「!?」」


そんな里宮の言葉に、その場にいた全員が飛び上がる。


「ちょ、里宮!」


俺が慌てて里宮を叱ると、篠原は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

その顔には、『自分より小さい先輩にチビって言われた……!』という文字がくっきりと浮かんでいた。


すると、そんな篠原を隠すように軽く手を広げた相沢が躊躇いがちに「すみません、こいつ人見知りで……」と頭を下げた。


その言葉の先には、『そっとしておいてくれ』という牽制の色が見えた。

そんな相沢の後ろで、篠原は申し訳なさそうに唇を噛んでいた。






「だめだろ里宮、あーいうこと言ったら」


休憩中の里宮に声をかけると、里宮は全く気にしていない様子で「ん?」と振り返った。


「篠原のことだよ。初対面で『チビ』はないだろ」


小さくため息をつくと、里宮は思い出したように「あぁ」と呟いた。

クスッと笑う声が聞こえ、俺は「里宮?」と顔を覗き込む。


「いや……」


笑うのをやめた里宮は小さく呟いた。


「ちょっと試してみただけだよ」


静かに微笑んだ里宮を見て、俺は思わず「は?」と顔をしかめた。


「練習始まんぞー」


思い切り話をそらして立ち上がった里宮に「おい」と声をかけたが、里宮は気にすることなくコートに入って行った。




* * *




2年生になって一週間。

そろそろ新しいクラスにも慣れ始めた。

部活でも後輩のいる練習に緊張することはほとんどなくなり、一年生たちも雷校バスケ部に慣れてきたようだった。


里宮は後輩が入って来ても特に気にせず今までどおりに練習をしていた。

でも俺には、少し引っかかることがあった。

里宮は、入部して来た一年生の中でもやけに篠原のことを気にかけている気がするのだ。


まぁ、里宮は俺より長くバスケをしてきている訳だし、後輩の扱いには慣れているだろうから大丈夫だとは思うが……。

また変なことを言わないか心配だ。

そんなことを考えながら体育館へ向かうと、中から誰かの話し声が聞こえた。


「篠原、お前バスケ好きなのか?」


里宮の声だ。

俺はドアを開けようとしていた手を反射的に止めた。


「はい……好きです」


「じゃあ、なんで部活やめるなんて言うんだよ」


……は? 『部活やめる』って……。

入部してから一週間で!?


「だって……好きなだけじゃダメじゃないですか。

僕は中学で3年間やっても上手になれなかった。“やればできる”ってよく言うけど、皆が皆そうじゃないです。やってもできない人間だっているんです。

僕は……こんなにも、弱いんです」


「……それは、お前がなにもやってないからじゃないのか?」


「……え」


「そうやって自分には出来ないって決めつけて、努力することすら諦めてるんじゃないのか?」


里宮……。

俺は体育館のドアに体重を預けて二人の会話を聞いていた。

篠原は黙ったまま何も答えない。


「……篠原、とりあえずあと一週間頑張ってみろよ」


「……はい」


そう答えた篠原の声は小さかったが、震えてはいなかった。あんなに人見知りだった篠原が、里宮に心を開いている。

一年生が部活に慣れてくれるのは、うれしいことだ。


……そう思いながらも、俺の心にズッシリと重たい気持ちが残っていた。

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