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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
35/203

35. 早咲きの桜

3月上旬。

すっかり春らしくなった空を見上げて、深く息を吸い込む。

下駄箱で靴を履き替えていると、見慣れた人影が昇降口から現れた。


「おはよ、五十嵐。もう大丈夫なのか?」


軽く片手を上げて挨拶をすると、五十嵐は大きなあくびをしながら「もう大丈夫……だと思うよ」と曖昧に答えた。


「だと思うって、他人事かよ」


苦笑しながら言うと、五十嵐は「んー」と何か考え事をしているかのように黙り込んだ。


「どうした?」


「いや……」


『お兄ちゃん』


「……今日は、久しぶりに優花に会いに行こうかな」


そう呟いて照れくさそうに笑った五十嵐に、俺は小さく頷いた。

五十嵐の口から妹の話題が出るのはとても珍しいことだった。普段は何考えてるかわかんないような奴だけど、やっぱ色々考えてんだよな。

他愛ない会話をしながら、俺たちは教室へ続く廊下を歩いて行った。






「お前ら、もーすぐ2年なんだからなー」


岡田っちが眠そうに目元をこすりながら言う。

朝のホームルーム、特にやることもなかったのか岡田っちはそんな話をし始めた。


もうすぐ高1も終わり。

俺たちは2年生になる。


もちろん、部活でも後輩が入って来る。

俺は人に教えたり指示したりするのは苦手だからなぁ。

そもそも、年下だからって初心者だとは限らないし、新入部員全員が俺より上手い可能性だってある。

……それって、結構キツいな。


俺は岡田っちの話を聞き流しながら大きなため息を吐いた。

ふと隣の席に目を向けると、里宮は大きなあくびをして涙目になっていた。

思わず小さく笑うと、里宮はこっちを向いて首を傾げた。

まぁ、これから始まる新学期も、里宮がいれば大丈夫だよな。




* * *




「「先輩、ご卒業おめでとうございまーす」」


ついに今日は卒業式。

新学期のことで頭がいっぱいだったが、終業式どころか卒業式すら終わっていなかった。

3年生の先輩たちと過ごした時間はとても短かったけど、練習試合や大会で戦う先輩たちの姿は俺の憧れだった。


「お、なんだお前ら、泣かせに来たなー?」


あははと笑いながら3年生の元部長が目元をこする。

ふと、近くに立っていた里宮を見て先輩たちが笑った。


「おお、里宮、来てんなー。てっきりめんどくさいとか言って来ねーのかと思ってたわー」


「つーか、相変わらず小せー。そんなんでバスケできんのかよー」


からかわれた里宮は「うるさい」と顔をしかめた。

相変わらずのタメ口。

それでも里宮は3年の先輩たちからも人気だった。


「本っ当、かわいくねぇなぁ」


そう言いながら先輩たちが里宮の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「うわ、やめろ」


里宮は虫でも払うかのようにしっしと手を動かした。

それを見て、他の部員たちも笑う。

最後に坂上先輩が花束を渡し、卒業生達は校門の奥に消えて行った。


「……よしっ」


坂上先輩は涙を拭って自分の頬をパンッと叩いた。


「お前らももう先輩だからな! しっかりしろよ!」


笑顔でそう言った坂上先輩に、一年生たちは「「はい!」」と返事をした。

まだ咲かない桜の木の下で、俺たちは笑っていた。

ふと、桜の根元にしゃがんでいる里宮が目に入った。


「里宮?」


声をかけると、里宮は「あ、高津」と顔を上げた。


「見て、こんな低いとこに桜が咲いてんの」


「まじで?」


里宮の背中から身を乗り出して覗くと、確かに根元から生えた細い枝に小さな桜が咲いていた。


「ほんとだ。早咲きだな」


「うん。かわいい」


そう言って里宮は小さな桜を人差し指でつんと突いた。


「こんな低いとこにいて、潰されんなよ」


そう呟いて柔らかく笑った里宮に、思わず心臓が大きく跳ねた。


「帰るか」


膝に手をついて立ち上がった里宮の髪が、優しい春風に吹かれてふわりと浮かんだ。




* * *




あっという間に春休みが過ぎ、桜も散って俺たちは2年生になった。

今日は始業式だ。


そして、一番気になるのは……。


「クラス発表……!」


緊張しながら言うと、みんなは折ったプリントを持ってごくんと唾を飲んだ。

まだ誰もクラスは見ていない。

俺たちの中で、誰が同じクラスなのか。

違うクラスなのか。

またはぼっちか……。


すると突然里宮が何の躊躇もなくプリントをガバッと開いた。

「ちょ、里宮……!」と、止めつつも気になってみんな里宮の開いたプリントに目を落とした。


『2年A組 里宮 睡蓮、高津 茜 2年B組 長野 竜一、五十嵐 修止 ……2年F組 川谷 健治』


「「!!」」


ぼっちは……。


「なんで! なんで俺なんだよぉぉー!」


そう叫んだ川谷はすごい勢いで膝をついて五十嵐に縋りついた。


「しかも一番端のクラスって……」


俺が苦笑しながら言うと、川谷は「うぅ……」と不安そうに顔を歪めた。

そんな川谷に、五十嵐が人差し指を立てて慰めるように「ほら、休み時間は中庭とか集まればいいしー」と提案した。


「クラス離れたって、一生会えなくなるわけじゃないじゃん!」と長野も笑顔で言った。

「部活では普通に会えるし」と俺も言うと、続けて里宮も小さな拳を軽く握って「ファーイト」と声をかけた。


みんなの慰めもあってやっと泣き止んだ川谷が「うおぉぉー!」とか叫んでプリントを破いていたのは見なかったことにしておこう。






帰り道、いつもより軽いバッグを肩にかけて、俺と里宮は桜の花びらで敷き詰められた道を歩いていた。


「里宮」


声をかけると、少し前を歩いていた里宮は長い黒髪を花びらと共に揺らして振り返った。


「今年も一年、よろしくな」


満面の笑みで言うと、右側から強い風が吹いた。

桜の花びらが雨のように降る中で、里宮は髪を耳にかけて嬉しそうに笑った。


「よろしく、高津」


そう言って、目を瞑るくらいに幼く微笑んだ里宮を見て、心臓の鼓動が早くなって行く。


長い、長い片想い。

俺は里宮に出会った日、あの瞬間から、きっともう恋に落ちていた。

両想いじゃなくたって、ただこうして里宮の笑った顔を見られるなら、俺はそれだけで充分幸せだ。


空を見上げると、もうすっかり春の匂いがした。

暖かい空気を思いきり吸い込んで深呼吸をする。


美しい桜の道が、どこまでも俺たちを導いていた。

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