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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
31/203

31. 一人一つの弱さ

『キーンコーン』


授業終了のチャイムが鳴り、俺は大きく伸びをした。

眠気を紛らわすように、リュックに荷物を詰めていく。

ふと窓の外に目を向けると、今朝降っていた雪は雨に変わっていた。


隣では里宮が授業から引き続き気持ち良さそうに眠っている。全く、どんだけ寝るんだか……。

呆れ笑いを浮かべて「里宮ー」と控えめに声をかけるが、起きる気配は全くない。


まぁ、そのうち起きるだろ。

そもそも、起こそうとして起こせる相手じゃないからな、里宮は。

小さく息を吐いて立ち上がる。


よし、部活だ。といっても今日は五十嵐は用事で休むらしいし、長野は相変わらず補習だし、里宮は寝てるし……。

川谷は行くよな、と思い後ろを振り返ると、教室の1番後ろの席で川谷が机に突っ伏して寝ているのが目に入った。


いや、お前もかよ。

思わず苦笑いを浮かべながら川谷の席に歩み寄る。


「おーい、かわた……」


声をかけて川谷の肩を掴もうとした手を、慌てて止めた。

苦しそうな寝顔。うなされているみたいだった。

俺はどうしたら良いのかわからずに立ち尽くしていたが、ぐっと口元に力を込めて教室を出た。


『メイ……』


苦しそうに呟いた川谷の声が、頭から離れなかった。




* * *




「おい」


誰かの声で、暗くて心地良い世界から引き上げられる。

声を出そうとするが、口も開かなければ体も動かない。

何も見えない。

ここは……どこだ?


「おい」


再度聞こえた、誰かの声。どこか懐かしく感じる。

そうだ、俺はこの声を聞いたことがある。

この声は……。

必死に記憶を辿り、声の主を思い出そうとする。


「茜」


……茜?

俺のことを、下の名前で呼ぶやつなんて……。

“あいつ”くらいしか……。


考えれば考えるほど意識が遠のいて行く。

やがて暗かった世界は白く染まり、自然と思考が停止する。


次の瞬間、毎日聞き飽きたけたたましい音が鳴り響いた。それと同時に、黒でも白でもない世界に引きずり戻される。

目を開けると、“色”のある世界が広がっていた。

そこは紛れもなく、自分の部屋だった。

確か昨日、部活で疲れ切って帰って来て……。


何も考えずにやることだけやってとりあえず寝たんだっけ。

ぼーっとしていると、なんとなく聞こえていたアラームが自分のものであることに気づく。

急いでアラームを止めると、ほっと息を吐いてうんと大きな伸びをする。

……それにしても、変な夢だったな。



そんなことを思いながら、俺はベッドから這い出した。




* * *




とうとう三月。高1最後の1ヶ月。

そして……大会約一週間前。


正直、全く実感が湧かない。

大会のことも、もうすぐ高2になるということも。

ずっと遠い話だと思ってたけど、やっぱ1年って短いよな。

そんなことを考えて大きなあくびをしながら上履きを履く。


「はよ」


やけに下の方で聞こえた声の主は里宮だった。

上履きを取るためにしゃがんでいたらしい。

ただでさえ背が低いのに……。


「おはよ、里宮」


さっき考えていたことが顔にでないように俺は慌てて挨拶を返した。

里宮はそんな俺の様子には気づかなかったようで、気だるそうな目をこすって「くそ眠い」と呟いていた。

そんな普段どおりの里宮も、大会のことを考えていたりするんだろうか。


ぼーっとしながら里宮と共に階段を上っていくと、突然目の前に不気味な笑みを浮かべた岡田っちが立ちはだかった。


「おはようございます、里宮サン」


そう言った岡田っちの顔には怒りマークがついていた。

里宮は相変わらず気だるそうな目で「あー、うん」と曖昧に答えた。

そんな里宮の態度に、岡田っちの怒りマークが追加される。


「『あー、うん』じゃねんだよ」


里宮はほかに言うことが見つからないとでも言うように小首を傾げた。そんな里宮の目の前に、1枚のプリントが突きつけられる。


「これ、どういうことか説明してもらおうか」


そのプリントは昨日岡田っちのホームルームで書いた進路関係のアンケート用紙だった。

質問に対する回答欄全てが空白のプリント。

……岡田っちが怒るのもわかる。


里宮は眠そうに目をこすってそのプリントを眺めていたが、しばらくして「知らない」と言った。


「知らないってこたぁないだろ、里宮。昨日のホームルームで書いただろうが」


「覚えてない」


「さては寝てたなお前!」


いきなり大声を出した岡田っちに、里宮はすぐさま耳を塞いで「うるさい」と顔をしかめた。


そんなことをしていると、遅刻五分前のチャイムが廊下に鳴り響いた。

それを聞いた岡田っちは「ヤベッ」と小さく呟く。


「よし、お前ら五分以内に教室行けよ。里宮は昼休み俺んとこ集合」


そう言い残してさっさと職員室に入って行ってしまった岡田っちを睨んでいた里宮はふてくされた顔のまま教室に向かって歩き出した。

俺は呆れ笑いを浮かべながらそのあとを追う。


進路のアンケートか……。

昨日書いたはずなのに、すでに存在を忘れていた。

俺はなんて書いたっけ。

そんなことを考えながら俺は人気のない廊下を進んで行った。




* * *




「つかれた」


あまりに重い空気で呟いた里宮は、右手に一枚のプリントを持っていた。


「やり直し食らったのか?」


俺が苦笑しながら聞くと、里宮は小さく頷いて俺の隣の席に座った。


「進路とかどーでもいーんだけど」


めんどくさそうにプリントをひらひらと泳がせる里宮に、「テキトーに書いとけばいんだよ」と五十嵐が言った。


「いやテキトーじゃダメだろ」


思わず突っ込むと、五十嵐は「えー」と間の抜けた声を出す。


「“まだわからないけどとりあえず勉強を頑張ります”的なこと書いとけばいいんじゃないの」


購買のパンを頬張っていた川谷が言うと、里宮は「それだ」とシャーペンを取り出して川谷の言った言葉をそのままプリントに書き写した。


「えぇー」と呆れ笑いを浮かべていると、とっくにコンビニ弁当を食べ終えていた長野が「俺は“赤点取らないようにする”って書いたぜ!」と自信満々に報告してきた。


「いやそれ進路じゃないじゃん」


「テストじゃん」


俺と五十嵐が突っ込むと、長野は「えー、いいじゃん」と頬を膨らませた。

そんなこんなで里宮は放課後になんとか岡田っちからOKをもらったらしく、「部活行こ!」とキラキラした目で俺の手を引いた。


いつもの気だるそうな里宮とは別人のようで、俺は思わず笑っていた。






「くそー、また負けかよ!」


里宮とペアで練習していた三神センパイの喚き声を聞いて、その場にいた部員達は思わず笑い声を上げる。


「三神ー、後輩に負けてんじゃねぇよー」


「しっかりしろよー」


「いやお前らだって勝てねぇだろ! 里宮には!」


先輩達が話しているのを聞きながら笑う。

キツイ練習の合間に先輩達と一緒になって笑うこの時間が、俺は好きだった。

ふと里宮の方に目を向けると、里宮は喚いている三神先輩を馬鹿にするでもなく、ぼーっとその場に突っ立っていた。

そんな里宮が、ふいに体育館の出入り口の方に目を向ける。


『蓮! やったね、勝ったね! おめでとー!!』


やがて静かに目を逸らした里宮の後ろ姿はどこか悲しげだった。

そんな里宮のことが心配でも、俺は黙っていることしかできない。


きっと里宮は、俺が何か言うことで動揺してしまう。

……思い出してしまう。


でも、本当に? 里宮はあのままで大丈夫なのか?

俺にできることはないのか?

また、心の深いところにモヤが溜まって行く。


……俺たちは。

“みんな”は、一人一つの弱さを抱えている。

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