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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
28/203

28. 雪の日と捨て犬 〜川谷 健治の過去・前編〜

チャイムが鳴り、みんなは急いで席に着いた。

長野が積み上げたチョコレートタワーを一つずつ丁寧にカバンにしまう。

カバンに入りきらなかった分は、女子から貰った紙袋に入れて机の横に掛けておく。


その時、ガラッと大きな音を立ててドアが開いた。


「「……」」


教室に沈黙が舞い降りる。

教室の前のドアを堂々と開け放ったのは、岡田っちではなく里宮だった。


里宮はみんなの視線を全く気にすることなく机の間を歩き、俺の隣の席に腰かけた。


流石に驚きはするが、もうみんな里宮に慣れたようで誰も口を開くことはなかった。

いつもならスルーしているところなのだが、今日はやけにみんなの視線が集まっている。


チラチラと気にかけるように里宮を見ている。

俺はみんなが気になっているであろうことを口にした。


「里宮、それ何?」


里宮の頭の上に乗った白い粒を差さして言うと、里宮は「あぁ」と納得したように呟き、窓の外を指さして言った。


「雪」


その単語を聞いた瞬間、教室にいた全員が立ち上がる。


「「え!?」」


みんなは一斉に窓を開け、寒い外に顔を出した。

その瞬間、冷たい空気が教室に入り込む。

外では確かに雪が降り始めていた。


ハラハラと音もなく降っている雪は、スローモーションのように美しく映った。


まるで映画のワンシーンみたいだ。


そんなことを思い久しぶりに見る雪に見とれていると、後ろから里宮が「子供かよ」とバカにしたように鼻で笑った。


まだうっすらと赤い鼻をした里宮を見て、俺は歯を見せて笑った。


「子供だよ!」


雪で喜ぶなんて子供っぽいって?

高校生らしくないって?


別にいいじゃん。

だって俺たちはまだ、子供なんだから。

里宮は、驚いたように目を丸くした。


「ほら、里宮! すごい綺麗だぞ!」


里宮の腕を掴んで窓の近くに誘導すると、里宮は流れるように降る雪の中に手を差し出し、少量雪のついた手を目の前にかざした。


「綺麗」


たった一言そう言った里宮は、明らかに楽しそうな顔をしていた。


「里宮だって、子供だろ?」


少しからかうような口調で言うと、里宮は不服そうに唇を尖らせた。

それが面白くて、俺は思わず声を出して笑ってしまう。


「笑うなよ」とまた里宮が不機嫌そうに言ったのを聞いて、俺は面白おかしくクラスメイトたちの方を指さした。


「みんなは里宮以上に大興奮だよ」


窓際では、みんなが楽しそうに笑っていた。

子供っぽいとか、気にしているやつなんて誰もいなかった。

気にしなさすぎて小学生みたいに雪を食べようとしているやつさえいた。

みんなはそれを見て爆笑した。

里宮は呆れたように肩をすくめる。


「いいじゃん、みんな子供なんだから」


楽しいと思うことは、存分に楽しめば良い。

本当は楽しみたいのに、我慢して見ているだけなんて、勿体無いじゃないか。


俺は窓の桟に薄く積もっていた雪を手で掬い、教室の端にパッと放った。

ハラハラと舞った雪を指差して「アナ雪!」とおどけて笑うと、里宮はいつもの気だるそうな瞳を細めて

「バカ」と呆れたように笑った。


そんなことをしていると、今まで楽しそうに騒いでいたクラスメイトたちが一気に静かになった。

振り返ると、みんなの視線が俺たちに……というより、里宮に集まっていた。


「え、里宮今笑った?」


クラスメイトの一人が口を開く。

すると次々にみんなが驚きの声を上げた。


「里宮って笑う生き物なの?」


「ちょ〜かわいかった!」


「里宮さんが笑ってるとこ初めて見た!」


男子も女子も口々に言うのを聞いて、里宮はキョトンとしている。

ふと、「ギャップ萌えってやつ!?」と男子たちがふざけて言うのを聞くと、里宮はスッといつもの不機嫌な顔に戻って「黙れ」とめんどくさそうに言い放った。

そんな里宮を気にすることなく盛り上がっているクラスメイトたちを見て、少し複雑な気持ちになる。


と、その時。

ガラッとドアを開けて、今度こそ1年A組担任の岡田っちが入ってきた。


「うぇ〜い、ホームルーム始めんぞー……って!」


岡田っちは全員が窓際にいるという異様な光景に目を剥いて喚いた。


「なんでみんな窓際いんの!? 集団自殺とかヤメロよ! 怖えから!」


「「あははははは」」


岡田っちの変な勘違いに、俺たちは面白おかしく笑っていた。




* * *




雪が降ると、今でもあの日のことを思い出す。


「クゥン、クゥン」


子犬が鳴いてる。

ひとりぼっち。

寒いの?


そっと頭に積もった雪を払い、持っていたハンカチをかけてやる。

少しでも温めてやろうと体をさすっても、子犬は震え続けるばかり。


道端に置かれたダンボールの中には一匹しかいなかった。


「家族はいないの?」


小さな声で問いかけると、子犬はゆっくりと寂しそうに潤んだ瞳をこちらに向けた。


……それじゃあ、家においで。

君は今日から家族の一員だ。




* * *




川谷 健治、当時小6。

雪の中、震えていた子犬を拾って早3年。


今では俺の愛犬となったメイ。

ふわふわで茶色い毛を持ったメイはすごくかわいい。


「ワフッ」


あの時とは違う鳴き声。


「……っちょ」


『ドターッ』


「……」


メイはヤンチャに成長した。……この通り。

メイは自分の毛を俺の顔に押し付けて甘えてきた。

メイの茶色い毛で視界が満たされ、天井が見えなくなっていく。


あぁ、かわいい。


父さんと母さんにもすっかり懐き、毎日愛情を注がれて育ったメイ。

朝の散歩は俺が担当していた。


「メイ」


名前を呼ぶと、メイは嬉しそうに尻尾を振った。

学校に行く前に、俺は毎日メイと散歩をした。

すれ違う近所の人たちがにこやかに挨拶をし、メイの頭を撫でてくれる。


「健治くん、毎日偉いねぇ」


近所のおばさんがそう言って飴玉をくれる。

自分だけ飴玉を食べるのはかわいそうだったから、俺は散歩セットを詰めたバッグを漁ってメイのおやつを出した。

飴玉を口に放り込んでから、メイにクッキーを差し出す。メイは嬉しそうに尻尾を振って飛びついた。


メイといれば、どんなに嫌なことでも忘れられる。

メイの頭を撫でて、柔らかい毛に顔を埋めればどんな時でも幸せな気持ちになれる。


毎日の散歩コースを歩き、途中にある公園に入って少し休憩を取る。

いつものように蛇口を捻ってやると、メイは顔を傾けて水を飲んだ。

俺は横にあるベンチにそっと腰掛ける。


『気持ち悪りぃ』


ふと、昨日言われた言葉が脳裏に浮かぶ。

蔑むような眼差し。

……新田 博之(にった ひろゆき)

クラス、いや学年で1番のいじめ子だ。


男子でも女子でも容赦なく罵声をぶつけ、苦しむ相手をからかって笑うような最低人間。

そんな新田が俺に暴言を吐いたのは、俺がテストでしょっちゅう100点をとっていたからだった。


みんな新田のことを嫌っているが、怖くて誰も逆らえない。

ああいう人は、黙って放っておくのが1番だ。

そんなことはわかっているのに、何か言われる度ストレスを感じてしまう。

気にしないようにと思ってもそうはいかない。

新田に吐かれた暴言が、消えることなく俺の中で疼いていた。


「学校、行きたくないな」


そう呟いた瞬間、「ワフッ」と元気の良い鳴き声と共に視界に飛び込んできたメイの顔に、俺は思わず驚いてのけぞった。


「びっくりしただろ、メイ。もう水はいいの?」


笑いながら頭を撫でると、メイは満面の笑みで俺の顔を舐めまわした。


「あはは、くすぐったいって」


さっき舐めた飴玉の匂いがするのかな?

そんなことを思いながら舐められ続ける。

ふと腕時計に目を落とすと、もう散歩終了の時間が近づいていた。


「……そろそろ帰らないと」


「クゥン」


「ん? どうした? メイ」


珍しく静かな鳴き方をしたメイの頭をくしゃっと撫でる。

いつもどおり満足そうな笑みを浮かべたメイに、俺は呆れたように笑った。


「バカっぽい顔」


ふざけてメイの頬をつまんでも、メイは変わらずキラキラした瞳で激しくしっぽを振り続けていた。

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