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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
27/203

27. “恋”?

「楽しかったぁ〜!」


外が薄暗くなり始めた頃、俺たちは解散することになった。両手を上げて喜びの声を上げる長野に、川谷が「ありがとな」と微笑んだ。


「じゃ、気ーつけてー」


里宮がいつも通り気だるそうな目で片手を上げる。


「「おー」」


里宮の声に応えながら家を出た俺たちは日の落ちる道を並んで歩いて行った。


里宮の家は、学校から少し遠い。

普段チャリ通の長野は里宮の家からは一番遠く、俺たちとは違う電車に乗って帰って行った。

あとはみんな電車通学だから、俺と五十嵐と川谷は一駅だけ同じ電車に乗り、乗り換えやら通過やらで別れて行った。


「はぁ〜」


一人になった俺は思わず大きなため息を吐き、ホームのベンチに腰かけた。

もちろん今日は、すごく楽しかった。

川谷も喜んでくれたし、みんなで飾り付けを頑張った甲斐があった。

ただ……。


『里宮のこと好きなの?』


長野のあのセリフが、ずっと頭の中に残っていた。

黒いネックウォーマーで隠れた頬が熱くなっていく。


……本当にそうなんだろうか。

いや、そうだったとしても、実る恋じゃない。

里宮に好きなやつがいたら終わりだし、そもそも里宮は恋愛とか興味無さそうだし……。


って!

なんで俺が里宮の事好きって前提で考えてんだよ!


もう、わけわかんねぇ。

また大きなため息を吐いていると、突然目の前の電車から聞き慣れた声が聞こえた。


「高津!」


「!?」


突然名前を呼ばれたことにも驚いたが、何よりその声の主に驚いた。


「り、里宮!?」


今、一番会いたくないのに……!

そんなことを思っていると、目の前まで歩いてきた里宮が「ん」と紙袋を押し付けてきた。


「え?」


受け取った瞬間、フワッと甘い匂いが漂う。


そう……だった。

すっかり忘れていた。

今日は、川谷の誕生日。

そして……バレンタインデー。


「あ、えっと、ありがと」


ぎこちなくお礼を言うと、里宮は不機嫌そうに口を尖らせた。


「朝作ったんだけど、渡すの忘れてた。大変だったんだからな、足にチョコぶっかかるし」


頬を膨らませてそう言った里宮に、俺は思わず苦笑した。

だからあの時、シャワーを浴びていたのか。

そんなことを思っていると、俺はハッとして里宮に向き直った。


「でも、一駅電車乗って来るくらいなら明日学校でくれればよかったのに。長野とか、もう追いつかないぞ」


「うん。知ってる」


「え?」


そういえば、紙袋は初めから一つだけ……。


「高津には、どうしても今日渡したかったから」


そう言って里宮は、気だるそうな目を少し細めて、可愛らしく微笑んだ。


「えっ」


思わず戸惑いの声が漏れ出し、一気に顔が熱くなっていく。


「じゃーね」


言葉を失っている俺のことは気にも止めず、里宮はそれだけ言って階段に向かって走り出した。

途中、振り返った里宮が歯を見せて笑い、小さな手を左右に動かす。


再び走り出した里宮の背中で、長い黒髪が揺れる。


『ドクン』『ドクン』


激しく揺れる心臓を抑える。

なんだ? なんなんだ、これは?

少し肌寒い風を感じながらも、俺はその場に立ち尽くして動くことすらできなかった。


薄暗くなってきた空に、月が浮かんでいる。

2月14日、バレンタインデー。


“恋”というものを知った、高一の冬。




* * *




「睡蓮、みんなが来るまでまだ少し時間あるから、シャワーで流してきなさい」


「うん。なんか高津のだけめっちゃ上手くできた」


「そうか、よかったなぁ。じゃ、高津くんには当日渡せるといいな」


「うん」




* * *




「おはよー」「はよー」


あちこちから聞こえる挨拶の声を聞きながら、あくびを噛み殺して昇降口を通る。


バレンタインの日、里宮のことが好……。

ということに気がついてしまった。

まぁ、実るはずのない片思いだけど。


「はぁ」


思わず小さなため息を吐き、下駄箱を開ける。


『ガチャッ』


「……」


靴をしまおうとして、目の前の光景に目が点になった。

……こんなことって、あるんだな。


てか、下駄箱にチョコって……少女漫画か。

心の中でツッコみを入れ、いくつか積まれていた小さな箱をカバンの中にしまう。


バレンタインチョコをもらったのなんて、初めてだ。

自惚れてるわけじゃないけど、義理チョコをもらうほど仲が良い女子なんていないもんな……。


里宮は義理だけど。


あたりまえのことなのに何故かへこみそうになる。

里宮は全く意識していないんだ。

『本命』という可能性を1ミリも考えていないから、『義理』という言葉も出て来なかったのだろう。


わざわざ確認しなくてもあたりまえってことか。

チョコをくれた時の里宮の曇りない笑顔を思い出して、思わずため息が漏れた。

他のみんなには今日渡すつもりなのかもしれない。


そういえば、バレンタインデーの日が休みだったからか今日は遅めのバレンタインデーみたいな雰囲気になっているな。

俺でさえチョコを貰えたのだから、他のみんなはもっと貰っているだろう。


……大丈夫かな。

チョコに埋もれてないといいけど……。

そんな心配をしつつも大きなあくびをして廊下を歩いて行く。


「高津くん、今あくびした!」


「え! かわいい!」


「……」


あまりに慣れていない状況に、俺は思わず口元を隠した。顔が熱くなっていくのがわかる。

なんだこれなんだこれなんだこれ。

恥ずかしすぎる。

早歩きに進んで行くと、今度は突然目の前に人影が現れた。


「あのっ」


突然の登場に思わず驚いてのけぞる。

そこに立っていたのは他クラスの女子だった。


「どうし……」


言いかけると、まるで俺の言葉を遮るかのような勢いで視界に赤い箱が飛び込んできた。

ハート型の箱。

……おそらく、チョコレート。


「こ、これ、よかったらもらってください!」


ほとんど下を向いたままそう言った女子は俺に箱を押し付けて走って行ってしまった。


「……」


どうしたんだろう、俺。


もともと高校に入ってから“イケメンカラス”とか言われてたけど、それは五十嵐とか川谷とか長野とかのことであって、俺は関係ないと思ってた。


そうか、俺があいつらと一緒にいるから、みんな感覚が狂ってるんだ。

かっこいいやつらと一緒にいる普通のやつ。

それが美化されているに違いない。

……まぁ、なんにしろ。


俺は先程受け取った赤い箱に目を落とした。

……嬉しくないわけはないけど。


……もしも、同じ小学校のやつがここにいたら。

きっとこんなことにはなっていなかったんだろうな。

“あいつ”がいなくなってから、俺はいじめられてたわけだし。

そんなことを考えていると、やっと教室に辿り着いた。

1年A組。その文字を見て、なんとなくホッとする。


『ガラッ』


「……」


ドアを開けた瞬間、俺は思わず言葉を失った。


「……なにしてんの? 長野」


声をかけると、俺の机の上にチョコレートの箱でタワーを作っていた長野が勢いよく振り返った。


「あ! 高津! おは……」


「危ない!」


机が揺れてタワーが倒れそうになるのを見て、俺は急いで駆け寄った。

両手で支えてなんとか倒れるのは阻止したが……。


「長野……食べ物で遊ぶなよ。しかも貰い物だろ?」


呆れたように息を吐いて言うと、長野は「だって」と頬を膨らませた。


「高津のこと驚かせようと思って……」


「いや、だからって……」


言いかけて俺は、「……このチョコ、誰の?」と机の上に積み重ねられたチョコレートのタワーを指差した。


「え、高津の」


「……まじか」


てっきり長野が貰ったチョコでタワーを作っているんだと思ってた。

……こんなに貰ったのは初めてだ。


「いい加減認めろよ〜。お前、モテてんだって」


自席に座って本を読んでいた五十嵐がニヤニヤしながらそう言ってくる。

そんな五十嵐の机の横には大きな紙袋がかかっていた。


「いやお前に言われたくねぇよ」


真顔で言い返すと、五十嵐は“バレた?”とでも言うように舌を出して笑った。


俺が、『モテている』だって?

……“あいつ”に言ったら、目を丸くするに決まっている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友達と仲良く青春送ってるなあ、いいなあ。 [気になる点] 小柄な女子がバスケ強いの、中学生ならまだあるかもしれないけど、高校生ではどうかな。体育すら分けてやるもんね? [一言] それぞれの…
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