24. Happy Birthday
「うわぁ〜、また負けたよ〜」
幼い声でそう言った長野がだらしなくカーペットの上に寝転ぶ。「里宮強いなー」と五十嵐も肩をすくめた。
里宮はこれ以上ないくらいのドヤ顔で長野を見下ろしている。……さっきの仕返しなのだろうか。
顔を上げた長野は、里宮のドヤ顔を見て投げ捨てるように一言「里宮、腹立つ」と言った。
そんな長野を気にもせず里宮は目を輝かせている。
「いい気味だなぁ、高津」
「いや、俺に言われても……」
そんなやりとりをしていると、五十嵐が突然「あ!」と大声を上げた。
「「あ!?」」
その場にいた全員は驚いて振り返る。
「10時50分」
五十嵐が無表情で時計を指さす。つられるように時計に目を向けると、確かに10時50分だった。
だからなんだよ……。
「「ああ!?」」
再び全員が大声を上げる。寝転んでいた長野は勢いよく飛び上がった。
「ま、まって」
混乱するみんなを落ち着かせるように両手を広げる。
「川谷が来るのって……何時?」
確認するように問うと、里宮はキョトンとした顔で答えた。
「え、11時」
「「うおあえあ!?」」
俺たちはよくわからない奇声を上げながら里宮の部屋を飛び出して階段を駆け下りた。
真面目な川谷は必ず約束の時間より早く来る。
油断した……!
まったりゲームなんてしている暇じゃなかった!
全力で後悔しながら玄関へ辿り着くと、『ピンポーン』とインターホンが鳴った。
「か、川谷!?」
俺が飛び上がって声を上げると、後ろからついてきた里宮が眉根を寄せて俺を睨んだ。
「静かにしろよ。川谷にバレたらどーすんだ。ほら、五十嵐、行け」
と、どこかに放り出された五十嵐は置いといて……。
『ガチャ』
「「いらっしゃ〜い」」
俺と長野が声を揃えて言う。
いや、ここ里宮の家だけど。
「おぉ。長野、高津。お前らバレンタイン虚しいから里宮の家に遊びに来てたな〜?」
からかうようにそう言った川谷に、俺と長野は思わず顔を見合わせてしまう。
……こいつ、頭大丈夫かな。
誕生日に呼び出されたらちょっとは考えない?
俺だったら期待しちゃう……。
と、次の瞬間。
『パァァァン!』
突然響いた大きな音に、自然と体が飛び上がる。
気付くと、川谷の背後にクラッカーを持った五十嵐が立っていた。
満面の笑みで。
「ハッピーバースデー☆」
いたずらっぽくウィンクをした五十嵐に、思わず笑いが漏れる。どうやらさっき里宮に放り出された時、窓からこっそり川谷の背後に回っていたらしい。
驚いてぽかんとしていた川谷はハッとした表情になった。
「あ、そう言うこと? え、これって……」
「誕生日パーティ」
川谷の言葉を遮って、里宮が自信満々に言う。
「だよな」と俺に目配せをした里宮に、俺は思わず「おう!」と幼い声を発していた。
さっそく川谷をリビングに案内し、俺たちは昼食を作り始めた。
「昼飯ホットケーキって、女子か」と五十嵐が苦笑すると、「しょうがないだろ。みんなで作れるのこれくらいしかなかったんだから」と里宮がため息を吐いた。
「どっかで買ってくれば良いじゃん」
「めんどくさい」
「うわ焦げた!」
「焦げたやつ私が食べる」
「川谷のコップ、特別感出したいからビールのやつでいい?」
「いや、いいけどデカすぎじゃね?」
数分後、色々なハプニングに見舞われたものの、なんとかリビングのテーブルに5枚のホットケーキが並んだ。
里宮のホットケーキは焦げていて、長野のホットケーキにはチョコレートソースでへのへのもへじが書かれている。
そして川谷のホットケーキには“Happy Birthday”の文字が書かれていた。
席に着くと、里宮が相変わらずの無表情で言った。
「えーと。まぁ、オメデト」
グラスを掲げた里宮に、俺は「どんな仕切りだよ」と苦笑しながらグラスを持つ。
長野と五十嵐も、「雑だな〜」と笑いながらグラスに手を伸ばす。
川谷は両手でグラスを握ると、顔を上げて笑った。
「ありがとな。嬉しい!」
まるでその言葉が合図だったかのように、それぞれのグラスがぶつかり『カチン』と心地の良い音を響かせた。
リビング中に幸せな空気が漂う。
「「川谷、誕生日おめでとう!」」
川谷は心底幸せそうに笑った。
その瞳に、微かに涙が浮かんでいたことは秘密にしておいてやろう。
* * *
「はぁ〜、うまかったぁ〜」
長野が腹をさすって言う。
「みんなで作るの楽しかったな」
五十嵐が嬉しそうに微笑む。
「川谷、飲み物いる? グラスちょーだい」
「あぁ、ありがと……って重!」
自分のグラスがデカイことを忘れていた川谷が声を上げた。
「なんで俺のだけグラスデカイの?」
「あ、高津。川谷のグラスとって」
「ねぇなんで?」
思い切りスルーされた川谷が不機嫌そうに言う。
俺は面白くて思わずクスッと小さく笑った。
「笑うなよ高津〜」
「いや、ごめん。つい……ブフッ」
「思いっきりツボってんじゃん」
そんな楽しい昼食を終えると、俺たちはまた里宮の部屋に戻った。俺たちが飾り付けをした部屋を見て、川谷は目を輝かせた。
「ありがとな」
嬉しそうに歯を見せて笑った川谷に、みんなは照れながらも優しく微笑んで頷く。
今日の誕生日パーティーを企画した里宮は、満足そうに気だるそうな瞳を細めていた。
* * *
『ガチャ』
「ふー」
トイレを済ませて里宮の部屋に戻ろうとした時、思わず足が止まった。
静かで薄暗い畳の部屋。
その奥に、小さな仏壇がある。
『竜ちゃん』
やけに懐かしい声が聴こえた気がして、俺は吸い寄せられるように畳の部屋へ足を踏み入れる。
誰もいない和室にはもちろん暖房なんてついていなくて、とても寒かったけれど。
小さく息を吐いて、ゆっくりと腰を下ろす。
ザラついた畳をそっと撫でる。
その音も、随分久し振りに聞いた気がする。
……懐かしいな。
そんなことを思いながら、長野 竜一は眠りについた。