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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
21/203

21. 女嫌いの女 〜里宮 睡蓮の過去・後編〜

心臓の音がうるさ過ぎて、彩の声が途切れ途切れにしか聞こえない。


「〜〜。〜、え? あぁ、蓮?」


『ドクン、ドクン』


「あの子は大丈夫よ。すっかり私に懐いてるから」


『ドクンッ』


「ふふ、蓮のお陰であの男と結婚して、私の夢が叶うのも時間の問題ね!」


彩は、私がいることなんて気付かずに小悪魔に笑っていた。


「……っ」


私は震える足を庇うようにその場に座り込んだ。

彩はまだ長電話をしている。

私はすぐに状況が理解できなかった。


今までの彩の笑顔も、言葉も、全て嘘だったんだと。

声が出ないように両手で口元を覆い、震える体を落ち着かせるようにゆっくりと息を吸い込んだ。


そんな時、私の中で何かが崩れた。

今まで積み上がってきた“何か”が。

空回りして砕け散った。


彩を、好きだと思う心ーー……。


私の好きな彩は、偽物の彩だった。

本物の彩は、今、すぐそこにいる。

あぁ、今まで彩と過ごしてきた日々は何だったんだ。


『好きだからだよ』


『おんなじだね』


信じてたのに。


彩は私を利用していた。

私を使って、父さんを離さないようにしていた。

私を餌にして。

雑誌出版社の社長である、父さんを。


いつか、彩はモデルを目指していると聞いたことがある。


大方、父さんと結婚して注目を浴びて、父さんの会社のモデルになろうとでも企んでいたのだろう。

それを知った瞬間、急に息も出来ないような恐ろしい感覚が私に迫ってきた。


女は、怖い。


自分のためなら、好きでもない男に縋り付いて、誰かを騙して餌に使う。

その標的が、たまたま私だっただけだ。

彩にとっては、その程度のことなんだろう。


もう、嫌だ。女なんて嫌いだ。

こんな思いをするくらいなら、もう二度と関わらない。



……それから、彩の“夢”は叶うことなく、2人の結婚式の日は来なかった。




* * *




彩が居なくなってから、私は女を嫌うようになった。


学校でも、男子としか話さないような毎日になった。

女なんていなくても、男友達はたくさんいたし、ミニバスチームにも男友達がいた。

困ることも特になく、女とは一言も会話をしないのが普通になって行った。


それから、女を避けて数年経ち、私は中学二年生になった。

クラス替えをしても、すぐに男友達ができた。

女のいない日常が続いていたある日。


「あの、里宮さん」


同じクラスの女が、話しかけてきた。


「私、工藤 阜(くどう つかさ)! よろしくね!」


にこやかにそう言った女に、私は思わずため息を吐いていた。


「ごめん。悪いけど、女は嫌いなんだよね」


そう言うと、女は目を丸くして「え、でも里宮さんも女だよね?」と首を傾げた。


……あんな奴らと一緒にすんなよ。


思わず顔をしかめると、その顔が怖かったのか、女は静かに「あ、なんかごめん」と言ってその場を離れて行った。


「……女なんて」


小さく呟いた言葉が、誰もいなくなった教室に虚しく響いていた。


それからというもの。


「里宮さん」「里宮さん」


ウザったい。


「蓮」


何でそうなるんだよ。

一番呼ばれたくない名前で呼んでんじゃねぇよ。


『蓮! 今日もかっこよかったよ!』


……もういい。あんな奴、思い出してる時間が惜しい。


「蓮」「蓮」

あぁ、もう、イライラする。


「蓮」 やめろよ。

「蓮」 やめろ。

「蓮」 ……やめて。

「蓮」


『蓮!』


「っるせぇんだよ!!」


私は、やけに幼い声で女の手を振り払った。

女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに真剣な表情になって言った。


「なんで女の子が嫌いなの?」


『ドクン』


心臓の高鳴りを隠すように、私はそっぽを向いた。


「何か理由があるんでしょ?」


……あんたに関係ない。

大体、そんなこと聞いてどうしようって言うんだ。


「ねぇ、なにかあるなら……」


そう言いかけた女の手が、私の方へ伸びる。

私は反射的にそれを避け、大声で怒鳴った。


「しつけぇんだよ! どーでもいーだろそんなこと! 女は嫌いだ! お前のことだって嫌いなんだよ!」


そんな私を見て、女はひるむことなく真面目な表情で言った。


「うん。知ってる」


「っ」


「だから、嫌いでもいい。話して欲しい」


「誰がお前なんかと」


「私、蓮と友達になりたい」


「……っ」


私は思わずその場から逃げ出した。

なんなんだ、あの女。

私のことなんて放っておけば良いのに。


……女なんて、嫌いだ。

どうせいつかは裏切って、捨てて行く。

失うくらいなら、私は始めから求めない。




* * *




「蓮」


……本当にしつこいな、この女。


「一緒に帰らない?」


「私、部活」


即答で断った私に、女はなんでもないような顔をして「待ってる」と言った。

は?


「練習の見学してる」


……勝手にすれば。

私は心の中で呟いて、女子更衣室へと向かった。




……うわ、ほんとにいるし。

着替えて体育館に着いた私は顔をしかめた。

部活は、もちろんと言うか、バスケ部だった。


彩がいなくなっても、バスケが大切なのは変わらなかった。




* * *




いつも通りの部活が終わると、「蓮!」と後ろから声をかける人影があった。

こいつも、彩のように裏切るに決まっている。


「あのさ。私に付きまとっても無駄だから。もっと仲良くなれそうな女、いっぱいいるじゃん」


どうしてそこまでして、私に拘るんだ。


「……私のこと、利用していいよ」


女の思わぬ言葉に、私は目を丸くした。


「何言ってん……」


「私、なんか人が怖くって。中二になって、同じような蓮を見つけた。初めて、自分から友達になりたいと思った。だから、私のこと嫌いでもいいから、一緒にいて……?」


女は私の手を掴んでそう言った。

その手が、ほんの少し、震えていた。


『ごめんね、睡蓮』




「……いいよ」


その言葉を聞いた女は、驚いたように顔を上げた。


「私、あんたのこと嫌いじゃないよ」


気まぐれな言葉だったかも知れない。

まだこの女のひとつも知らないのに。

それでも、女はかすかに涙の光る目を細めて微笑んだ。


「ありがとう……!」


受け入れたというか、押し通されたというか……。

まぁ、いいか。少しずつで。

前を向いて歩き出した私の後ろから、女が声をかける。


「蓮!」


「?」


「私のこと、阜でいいから……!」


私は、生まれつき気だるそうな目を少し細めて、歯を見せて笑った。


「おう!」






それから阜と仲良くなって、私の毎日は変わって行った。

いつでも、阜と一緒だった。


女嫌いは直らなかったけど、阜だけは違うって思ってた。

阜なら、もう一度信じてみても良いと思えた。

いつでも阜は優しくて明るくて、光みたいな人だった。


バスケの大会も観に来てくれて、『蓮! やったね、勝ったね! おめでとー!!』って、笑ってくれた。

一緒に遊びに行ったこともあった。


つまんなかった日々、男だらけの日常が、一瞬にしてカラフルに染まって行った。


私の、希望だった。


私達はもう中三になり、また同じクラスになった。

受験する高校も決まり、あとはひたすら勉強するだけ。


そんな、ある冬の日の放課後。

私が手袋を忘れて教室に戻った時のこと。


中から聴こえて来た声に、私はドアを開けようとした手を止めた。


「やっぱ里宮さんって男好き?」


「あ、私もそれ思った〜」


何度も同じようなことを聞かれた。

その度に無視していたけれど。

“男好き”だと、そんな噂がたっていることに私は薄々気がついていた。


男が好きなんじゃなくて、女が嫌いなんだっつーの。


「阜もさ、男子の気を引くために里宮さんのそばにいるんでしょ?」


「もう里宮さんと関わらない方がいーんじゃないかな〜」


「ね〜」


何? 阜の悪口?

私がドアを開けようとした、その瞬間ーー……。


「だからさ、里宮さんの友達なんてやめた方がいいよ。ねぇ、阜」


『ドクン』


……違う。悪口でも、陰口でもない。阜は……。


阜は、そこにいる。


『里宮さんの友達なんてやめた方がいいよ』


『ドクン』『ドクン』


まただ。また、裏切られたんだ。

私は走ってその場から逃げ出した。


“やっぱりそうだよね〜”

“私も最近そう思ってたんだ〜”


そんな言葉がすぐにでも聞こえて来そうで、怖かった。

そんな言葉、阜の口から聞きたくない。

走って、走って、階段を踏み外して転げ落ちる。

痛みなんて感じない。


痛いのは……この心だ。


『阜もさ、男子の気を引くために里宮さんのそばにいるんでしょ?』


嘘だ。

阜だけは、阜だけは彩と違うって、信じてた……。




……あぁ、そうか。

信じた私がバカだった。

『もう二度と』なんて。『嫌いだ』なんて。

今でも、彩のことを忘れられずにいた癖にーー……。


私は膝をついて泣いた。

胸を押さえて、息ができなくて苦しむみたいに。

不器用に呼吸をして。

そんな私を、階段の踊り場にある鏡が映していた。


もう、嫌だよ。

なんで私だけこんな思いをしなくちゃいけないの?


鏡に向かって尋ねても、鏡の奥の自分は情けなく泣き続けるばかり。


苦しいよ。

もう、私は女と“関われない”よ。

話すことすら怯えそうだ。

また、裏切られてしまうんじゃないかと。






そんなトラウマを残して、私は卒業した。

あれから、阜と行くはずだった高校の受験を辞め、別の高校を受験した。


その高校はバスケもやや強いし、元ミニバスチームの男友達もいる。


……さて。

“雷校バスケ部”がどれだけ強いか、見学しに行ってやろう。




* * *




「……宮、里宮」


ベッドの上に寝かされていた里宮がゆっくりと目を開ける。


「お前、部活中ずっと寝てて、まだ寝る気かよ?」


俺が言うと、里宮はいつもの気だるそうな目をこすって「あと1時間は寝れる」と欠伸をしながら言った。


まじかよ。どんだけ寝れば気が済むんだ、こいつは。


「ねぇ高津」


「ん?」


「女って……よくわかんないよな」


「……そーか?」


「なんかホラー映画より怖い夢見た気がする」


「まじか、やべぇな」


そんな会話をしながら、俺は内心少し緊張していた。

里宮が、昔の夢を見たことくらいわかった。

“女”の話を自分から持ち出すのだから。


ただ、今の俺にできることは、なるべく自然体でいることだけだ。

きっといつか、里宮は過去の全てを『バカみたいだ』って笑い飛ばすことができるだろうから。


その時が来るまで、ひたすら待つのだ。

俺たちは。


「里宮、帰ろう」


ベッドから起き上がった里宮の手を引く。

やけに小さい里宮の手は、驚くほど冷たかった。

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