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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
最終章
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最終話. 黒を被った弱者達

 夢を観た。

 あの暖かな陽にあふれた裏庭のベンチで、確かに『皆』が出てくる夢を観た。信じられないくらいの幸福感に包まれた夢だったのに、その幸せは覚えているのに、詳しい夢の内容は忘れてしまっていた。


 思えば、高校での3年間はこんな夢のような日々だった気がする。具体的に何があったのか思い浮かべて、ぱっと浮かんでくるのはどれもくだらない日常のワンシーンばかり。一番は決められない。

 クラスでも部活でも、学校行事でも放課後でも、ただ楽しかったことだけ覚えている。


 あの日々は俺の中で奇跡だった。

 大袈裟に思われるかも知れないが、それ以前の俺にとっては紛れもなく奇跡だったのだ。

 入学して間もない頃、ひっそりと3年間をやり過ごすつもりでいた俺に、突然手を差し伸べた小さな女子。初対面にもかかわらず気さくな3人の男子。何気ない出会いがこんなにも俺の世界を変えるものになるなんて当時の俺には想像もつかなかった。


 辛い記憶に苛まれながらも、いつも同じ方を向いて歩いてきた。皆でいるから強くなれた。あれだけ嫌いだった学校生活は、『変わりたくない』とすら願ってしまうほど大切なものになっていた。


 あの日々が終わっても、環境が変わっても、俺たちの仲は変わらない。この先も、くだらないことで笑い合える関係が一生続けば良いと思う。

 ……なんて、あいつらに言ったらどんな顔をするだろう。五十嵐には絶対にからかわれるし、長野は喜んで飛びついて来そうだ。川谷は照れ隠しに笑いながらも同意してくれるだろう。それで、里宮は──……。


『ピンポーン』


 実家のものとはまた違うチャイムの音が思考を中断させる。こんな時間に宅配か? と午後9時半前を示す時計に首を傾げる。

 とりあえず玄関先まで行ってみると、ドアスコープに映っていたのは予想外の人物だった。


 慌ててドアを開けると、部屋着姿の里宮がちょこんと目の前に立っていた。


「ハッピーバースデー!」


 俺が何か言うより先に、ケーキ屋の白い箱を押し付けながら里宮が言った。

 ……まずはどこからツッコむべきか。


「いや、ありがとうだけど……こんな時間に危ないだろ」


「平気だって。10分で着くし、今日泊まってくから」


「あのなぁ……」


 若干話が噛み合っていない気がするが……。里宮は気にすることなくケーキの箱を俺に持たせて部屋に上がり込んだ。

 大学に入ってから、俺は一人暮らしを始めた。大学からの距離と家賃を照らし合わせた結果、新生活を始める部屋は里宮の実家近くの場所になったのだ。

 それから里宮はしょっちゅう俺の部屋にやってきて、時にはこうして泊まって行ったりする。それ自体は全然構わないのだが、それにしたって……。


「泊まるのは良いけど、こんな時間なら迎えに行くから連絡しろよ。15分くらいはかかるだろ」


「うるさいなー、サプライズだよサプライズ」


 明らかに面倒くさそうな顔をされるが、心配なものは心配なのだ。これくらいは言わなくても徹底して欲しい。


「気持ちは嬉しいけど……てか、誕生日明日だけどな」


「明日は授業多くて時間ないだろ。ケーキだけでも今日渡そうと思って作った」


「作った!?」


 思わず声をあげると、里宮は自慢げに口角を上げた。


「久々に作ったけど、父さんにもお墨付きもらったから安心していいぞ。高津の好きな味にしたし」


 言われてみれば、白い箱にはロゴも店名も書かれていなかった。当たり前のようにケーキ屋で買ったものだと思っていたが……さすが里宮だ。


「ありがとな」


 改めて言うと、里宮は満面の笑みで頷いた。わかりやすい人だ。

 とりあえずケーキの入った箱を冷蔵庫に入れて部屋へ向かう。慣れた足取りで本棚の横を通った里宮が座椅子に座ると、バサッと音を立てて何かが床に落ちた。


「あ、ごめん。雑誌……」


 それを拾い上げて表紙を見た里宮は一瞬言葉を止め、「引退試合ん時のやつだ」と目を丸くした。


「うわ、懐かしいな」


「私もこれ持ってる」


「まじ?」


「うん。キリがくれた」


 そんな会話をしながら机に麦茶の入ったグラスを2つ置き、俺も里宮の隣に座る。里宮はパラパラとページをめくって一面に俺の姿が映し出されたページを開いた。


『雷校バスケ部キャプテン、圧倒のダンクでチームを全国へ!』


 でかでかとそう書かれたページを見つめて、里宮が小さく息をついた。


「あの時、すごかったな。急にダンクなんてするから」


「いや、俺だってやろうと思ってたわけじゃねぇよ。ただ点取るのに必死だっただけで……」


 そう謙遜しつつも、こうして評価されたことは事実だった。それまで強豪校と認識されたことすらなかった雷校がインターハイに出場することになるなんて誰も思っていなかったのだろう。


「インターハイ、楽しかったね」


「あぁ。1回しか勝てなかったけどな」


「1回でも、すごいよ」


 顔を上げると、里宮は珍しく優しい顔をしていた。

 さすがに全国の舞台は厳しかったが、全力を出し切って一度でも勝ち進むことができたのは確かにすごいことだったのだろう。

 雷校バスケ部初めてのインターハイはかけがえのない思い出として胸に刻まれている。きっとあの舞台を経験した人のほとんどが同じことを言うのだろう。


 数年前のスポーツ雑誌を眺めながら、「良い思い出だね」と顔を綻ばせる里宮に、俺も「そうだな」と笑った。


 それから俺たちは里宮お手製のホールケーキを少しだけ食べ、風呂に入り、何の変哲もない話をして笑い合った。いつも通りゆるやかな時間に身を任せていると、里宮のスマホが小さな音を立てた。

 時計に目を向けると、いつの間にか日付が変わっていた。


「あ、高津、おめでとう。今日から20歳だね」


 律儀に時間を確認してそう言った里宮に、たまらなく嬉しい気持ちに包まれる。


「ありがとう。ついに20歳かぁ……皆でお酒飲めるのはまだ先だろうけどな」


 いたずらに笑うと、3月生まれの里宮は「別に酒じゃなくてもいいし」と不服そうに唇を尖らせた。

 そんなことを話していると、俺と里宮のスマホが次々にラインの通知音を奏で始めた。迷うことなくグループラインを開くと、思った通り皆から祝いの言葉やスタンプが大量に届いていた。


 皆考えることは同じだな、と思うと嬉しさと同時に笑いが込み上げてくる。

 こうして家族以外の友達やクラスメイト、チームメイトから誕生日を祝ってもらうことが当たり前になっても、その喜びは少しも薄れなかった。

 どれだけ弱くても、どれだけ傷ついても、皆ここまで生きて来たのだ。


「高津」


 うるんだ目のまま顔を上げる。そんな俺を見た里宮はふっと小さく笑って、「これからもよろしく」と俺の目元を部屋着の袖で拭った。

 ふと、出会ったばかりの頃のことが脳裏をよぎる。


『弱いから、強いんだ』


『立ち上がれ』


 俺たちは黒を被っていた。

 弱い部分を覆い隠して、気丈に振る舞って、いつしか自分でも見ないフリをするようになっていた。

 それでも本当の自分を見つけてくれたのは、認めてくれたのは、同じように弱さを抱えた弱者達だった。


 それからの日々は、本当に色々なことがあった。もうダメかも知れないと思うこともあったし、人生で一番と思えるほど楽しい日もあった。

 こうしてなんだかんだ支え合えたからこそここまで来れたのだ。

 ……そしてもちろん、これからも。


「……うん。これからもよろしく」


 目の前にいる里宮が眠そうな顔で笑う。その笑顔は出会った頃から変わらず俺の胸を高鳴らせた。

 そして俺は、あの頃の俺が何度も躊躇したであろう言葉を、いとも簡単に口にしていた。


「好きだよ、里宮」


 これからはいくらでも伝えることができる。

 里宮は照れたように「今更かよ」と言ってはにかんだ。


 俺たちの間に訪れた大きな変化はいつしか日常になり、日々を彩っていく。

 そうして俺たちはきっと何度でも変わっていく。


 何もない日常を、かけがえのない日々を、刻みながら。

『黒を被った弱者達』これにて完結です!

6年間ありがとうございました!

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