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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
最終章
200/203

198. 努力ゆえの距離

 穏やかな春の昼下がり。昼食を終え、俺と里宮は一足先に大学を後にした。今日は講義が少ない日なのだ。

 晴れやかな気分で包まれた体に降りそそぐ光は心地良い。凍えるような気温から一変し、今日は長袖一枚で快適に過ごすことのできる暖かい日だった。


 ふと鷹の顔が浮かんで、デート日和だな、と思う。同じく2人のことを考えていたのか、隣を歩いていた里宮がぽつりと「あの2人大丈夫かな」と呟いた。今日告白するつもりだということは鷹から聞いて知っているが、2人の関係がどう変化するのかはわからない。もちろん、良い方に進んでほしいとは思うが、こればかりは見守っていることしかできない。


「さぁな〜……。ま、なるようになるだろ」


 思わず適当とも取れるような言い方をしてしまうが、里宮は「それもそうだね」とわずかに口角を上げただけだった。


 駅までの道を5分ほど歩き、流れるようにコンビニに寄る。高校の頃からの習慣が抜けず、俺は迷うことなくバナナオレを手に取った。今ではお気に入りになったコレも、初めは里宮たちに馴染むため咄嗟に買ったものだった。

 里宮と知り合って間もない頃、皆でぞろぞろと向かった購買で自分だけ何も買わないというのもなんだか気が引けて、小さな手の隣に指をかけたのだ。

 そんなことを思い出していると、隣から相変わらず小さな手が伸び、バナナオレの横に並ぶいちごミルクをためらいなく掴んだ。


「定番だよな」と笑うと、「なんとなくね」と里宮も笑った。ついでなので一緒にレジを通し、コンビニを出ようとしたところでデカデカと貼られたチラシが目に入る。そこには大きく『“元バカ”が教える超理解塾!』というポップな文字が踊っていた。文字の下には見慣れすぎているあの満面の笑みがある。


「“元”ねぇ……」


 つい最近姪っ子のおままごとセットを間違えて大学に持って行った挙句、大講堂でおもちゃの軽快な音楽をその場に響かせたというやらかし話を思い出す。思わず苦笑いを浮かべると、里宮も「ほんとかよ」と鼻で笑った。

 ここから電車で30分くらいの場所にある個人塾のチラシ。その中で珍しくメガネ(おそらく伊達)をかけ、溢れんばかりの笑顔を見せていたのは長野だった。


「ていうか、バイトなのになんでこんなデカデカと」


「まぁ、このまま就職してくれって頼まれてるくらいだし大丈夫なんじゃないか? 本人もそのつもりみたいだし」


 いつか聞いた話を思い出しながら言うと、里宮は「あー」とわかっているんだかいないんだかよくわからない声を出しながらいちごミルクにストローをさした。


「なんだかんだがんばってるもんね。すごいよ、長野は」


 どこか遠い目をして言う里宮に、「そうだなぁ」と同意して青い空を仰ぐ。高校3年の冬、かなり根詰めた様子で受験勉強に励んでいた長野の姿を思い出す。見事第一志望の大学に受かってからも、授業と塾講師のバイトを両立させ、寝る間も惜しむ日々を送っていることを知っていた。夢に向かって着実に努力を重ねる姿を見ていると、自分も背筋の伸びる思いがした。


 俺も大学に入ってから近くのコンビニでバイトを始めたものの、授業と部活の合間を縫って働くだけでは大した稼ぎにもならなかった。高校とは比べものにならないレベルの中で走り続ける部活も大変だが、バイトまで上手くこなしている同級生はたくさんいる。正直同じ人間とは思えない。

 憧れはあるが、“俺はこれでいい”と思う自分もいる。ゆるく楽しめる球技サークルでなく本格的なバスケ部を選んだからには、高校の頃以上に本気で取り組むつもりだ。一方長野は勉強中心の日々ではあるもののバスケサークルに所属し気分転換にバスケを楽しんでいるそうだ。


 大学生になりバスケとの関わり方も変わる中、それぞれが最適な道を選べているように思う。それは今、隣を歩く里宮も例外ではない。


「あ」


 ふと零れた声に目を向けると、スマホを見ていた里宮が顔を上げ、「五十嵐来週帰って来るって」と小さな画面をこちらに向けた。


「お、まじか」


 自分もポケットからスマホを出してグループラインを確認すると、『来週の土曜帰ることになったから予定合ったらうち来て』と五十嵐から連絡が来ていた。了解、と打ち込むより早く、ポコンと新たなふきだしがトーク画面に現れる。見慣れない街並みの中でこちらを振り向く犬が映ったアイコン。

 川谷からだった。


『俺も夏には帰るからな!』


 続けて送られた写真は早朝の空を映したものだった。おそらくリアルタイムで撮られたものだろう。


「……寂しいもんだよなぁ。五十嵐は都外だし、川谷なんて海外だしさ」


 仕方のないことだとは分かっていても、物理的に遠くなってしまった距離を嘆かずにはいられなかった。3時間ほどで実家に帰ることのできる五十嵐とは定期的に会うことができるが、川谷の場合はそうもいかない。

 並々ならぬ努力の末イギリスの大学に合格を決めた川谷は、現在ホストファミリーの元で暮らしている。そこで飼われている垂れ耳の黒い犬がかわいくて仕方ないらしく、たびたび写真が送られてくる。しまいにはラインのアイコンにまでしてしまうほどの溺愛っぷりだ。楽しそうで何より。

 とはいえ、残念ながら川谷も死ぬほど多忙な日々を送っているらしく、実のところ愛しの犬とたわむれている時間はゼロに等しい。距離やお金の問題でもあるが、日本に帰ってくるのも一年に一度くらいだ。高校の頃毎日のように駄弁っていたあの時間がどれだけ貴重なものだったか、改めて思い知らされる。


 思わず小さなため息を吐くと、「まぁ、あいつらなりにがんばってんだろ」と呟くように里宮が言った。いちごオレを飲む横顔がいつになく寂しげに映る。

 その時、パッととある提案が浮かんだ。


「久しぶりに、雷校行く?」


 思いつきで口にした提案に、里宮は弾かれたように顔を上げた。そこにはキラキラとした期待の表情が浮かんでいる。


「行く!」

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