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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第1章
20/203

20. 謎の女と私のバスケ 〜里宮 睡蓮の過去・中編〜

「だ、誰……」


言いかけて、私は目を見開いた。

女の後ろに隠れる人影を見て。


「父さん!?」


言うと、人影はビクッと体を震わせ、女の影から顔を出した。

家からの光が顔にあたり、父さんだということが明らかになる。


私は玄関を飛び出して父さんの後ろに隠れた。

『どうした?』と、父さんの目が言う。

『こいつ、誰』私は顎で女を指して父さんを見つめた。

数秒の沈黙を破ったのは、女の自己紹介だった。


「私、あなたのお父さんとお付き合いをさせてもらっている、管原 彩(すがわら あや)です。よろしくね」


“お付き合い”?

状況が理解できなかった私は小首を傾げた。


「父さん、彩さんとお付き合いしてるんだ。今日からこの家に住むことになるから、よろしくな。睡蓮」


「!?」


この女と、父さんが“お付き合い”!?

何言ってんだ!?


母さんが死んでからまだ2年しか経ってないのに、もう母さんのことを忘れて、新しい女と仲良くしようっていうのか!?


そんなの……。



『ごめんね、睡蓮』



私は、嫌だ。


「彩」


急に名前を呼ばれて、驚いた様子の彩が振り返る。


「な、なぁに?」


そんな彩に、私は指をさして言い放った。


「最初に言っとく。私はあんたのことが嫌いだ」


更に言葉を続けようとした私を遮って、父さんが慌てた声で言った。


「何言ってるんだ、睡蓮。そんなこと言っちゃダメだろう」


私はそんな父さんに向かって冷めた目を向けた。

言葉では表せないような怒りと悲しみが胸を満たして行く。


「『何言ってるんだ』って? それはこっちのセリフだよ。死んだ母さんのこと、もう忘れるのかよ。

死んだからって、心がなくなるわけじゃないだろ。

母さんが悲しむ。私は認めない。彩のことを『母』だと思う日は絶対に来ない。

私の母さんは、『百合』だけだ」


早口で言い捨てた私は、そっぽを向いて家に入り、自分の部屋へ駆け上がって行った。


「……とりあえず入ろう、彩。睡蓮も混乱しただけで、何日かしたらきっとすぐに慣れるよ」


そう言った父さんの笑顔は、微かに歪んでいた。






『私のことを、忘れさせて欲しいの。睡蓮に、新しい“母さん”を作ってあげて。私のこと、思い出す暇もないくらいに、幸せに……』


百合。本当にこれで良かったのかな。






翌日、目を覚まして一階に降りて行くと、「あ、おはよう」と、彩が自然に声をかけた。

私はそんな彩を無視して台所へ向かう。


母さんが死んでから、朝ごはんは毎日父さんと二人で準備をしていた。

なのに……。


「!?」


テーブルには、父さんと私と彩、3人分の食事が並べてあった。

後ろに立っている彩を睨み付けると、気まずくなったのか彩は露骨に目を逸らした。


「あ、そういえば、睡蓮っていい名前だね! 蓮って呼んでもいい?」


明るい顔でそう言う彩を、私は更に鋭い目つきで睨みつけ、黙って席に着いた。


やけにしょっぱい味噌汁が喉を通って行った。




それから彩が何をしても、何を言っても、私は反応しなかった。 一度も口をきいてやらなかった。

そんな生活を送っているだけで。


彩と会話をしなくても、かつて母さんが居た場所に彩が居るのが許せなかった。


それだけで、母さんの存在が離れて行ってしまうような気がして。


怖かった。

忘れたくないのに。

薄れていってしまうような気がした。




そんなある日。

テレビでも見ようかとリビングに向かうと、テレビの前のソファーに座っている彩が目に入った。


「……何見てんの」


そう言って私は、彩の隣に座った。

それが、初めてちゃんと喋った日だった。


彩は少し驚いたように目を丸くしたけれど、「スポーツ番組だよ」と優しく笑った。


やっぱり彩は、そんなに悪い奴じゃないのかな。

そんなことを思った。


彩がこの家に来て数ヶ月。

彩は丁度良い距離を保ってくれていたように思う。


無視はせずに話しかけるけれど、まるで私が入ってきて欲しくないところを分かっているかのように、深い質問はして来なかった。


そんな彩に、少しずつ警戒心が薄れて行った。

……けれど。

そんな自分さえ許せない。


私は、母さんのことを忘れようとしているんじゃないかって。

そう、思ってしまう。


私が突然話しかけた理由も、特に気にしていないような素振りで、彩は変わらずにテレビの画面を見つめていた。

私はキュッと唇を結んでソファーの上で膝を抱えた。


「ねぇ、彩」


声をかけると、彩は「なぁに?」と柔らかい声で答えた。


「どうして、父さんなの?」


どうして、私なの? どうして、この家なの?

どうして……。


「好きだからだよ」


優しい声に、私は思わず顔を上げた。


「蓮のお父さんのこと、すごい人だと思うし、人としても尊敬してる。……でも、やっぱり男の人として、好きなの。あんなに優しい人、初めて見た。

蓮も、お父さんのこと好き?」


そう聞かれて、私は思わず大きく頷いた。

そんな私を見て、彩は小さく笑った。


「おんなじだね」


その言葉が、どうしてか私の胸に暖かく響いた。

彩はとっくに、私のことを受け入れてくれている。


父さんのためにも、私も彩のことを受け入れるべきなのかもしれない。

そしてきっと、それは母さんのためにもなる。


彩はそれ以上何も言わず、テレビの方に視線を戻した。それにつられるように私もテレビを見る。

すると、画面いっぱいにバスケットボールの選手が映し出された。


「かっこいいねぇ、バスケ」


彩が呟くように言ったのを聞いて、私は小さく頷いた。ドリブルやパス、オフェンスやディフェンスなどをして必死に戦う選手たちの姿を、いつのまにか私は食い入るように眺めていた。


バスケは学校の授業でやったことがあるけれど、こんなのは知らない。

こんなにすごいのは、見たことがない。


もともと運動は好きだけれど、特にバスケを意識したことはなかった。


私が感激しながらテレビを見ているのに気がついたのか、彩が言った。


「……蓮、バスケやってみたら?」


「え?」


彩の突然の言葉に、私は目を丸くした。


「そうだよ、蓮! バスケやってみなよ! きっと楽しいよ!」


彩は急に立ち上がるような勢いでそう言った。

私はその勢いに驚きつつも、面白くて思わず笑った。


「うん。 やってみたい!」




* * *




翌日、私はミニバスチームの体験に来ていた。

もちろん、彩も一緒に。


コーチとの挨拶を終えた私は、早速パスの出し方やシュートのコツを教えてもらった。

楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、帰る時間になると彩が尋ねた。


「蓮、どうする? バスケやる?」


その時の私はすっかりバスケが気に入り、もっと沢山のことを知りたくてウズウズしていたので、当たり前のことのように頷いた。


「うん!」


それが、私のバスケの始まりだった。


これから沢山練習をして、もっと上手くなりたいと思った。

ミニバスチームに入ってからも、彩は練習試合や大会があると必ず応援に来てくれたし、学校の行事にも参加してくれた。


いつしか、はじめの警戒心はすっかり忘れ、彩のことが大好きになっていた。


試合で勝った日には、『蓮! おめでとう! すごいかっこよかったよー!』と褒めてくれた。


負けた日には、『……蓮、お疲れ様。疲れたでしょ。……次、頑張れば良いんだよ』と優しく慰めてくれた。


緊張して逃げた日には、『……大丈夫、蓮ならできるよ。ほら、行こ!』と手を引いてくれた。


彩は、いつでも私を動かしてくれた。

彩がいるからこそ、バスケが大好きで、大切だったんだと思う。




そんな幸せな毎日を送っていた、ある日。

ついに、事件は起こってしまった。


今でも、あの頃を思い出すと胸が苦しくなる。

彩は、裏切り者だったんだと。




* * *




バスケの練習から帰ってきて、お風呂から上がった時のことだった。

電話している彩の声が聞こえてきたのは。


「〜〜、そう。あの男、まだ私との結婚を考えてないのよ? ありえないでしょ?」


『ドクン』


……え? 彩?

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