2. 特別な存在
なんだかんだで騒がしかった昼休みが過ぎ、午後の授業を終えて部活の時間になった。
部活着に着替えて更衣室を出ると、ちょうど女子更衣室から男バスの部活着を着た里宮が出てきた。
背の低い里宮はズボンもTシャツもぶかぶかだ。
「高津、今日って外周何周?」
軽く小首を傾げた里宮に俺は首筋を揉みながら答えた。
「えーっと、10周」
「練習量はすごいのに外周それだけじゃなぁ……」
里宮の呟きに、俺は青ざめる。
「おいおい、やめてくれよ部長」
からかうつもりで言うと里宮は不思議そうな顔をして自分を指差した。
「私、部長じゃない」
「いやいや、来年は絶対部長だから」
「?」
意味がわからない、というような顔をしている里宮に、俺は呆れたように笑った。
「お前以外、誰がやるんだよ」
里宮は確実に部の中で一番強かった。
年齢関係なく先輩よりも上で、まだ一年だというのに里宮は雷校のエースだった。
「高津は?」
里宮の声にハッとして顔を上げると、里宮が表情を変えないまま言い放った。
「五十嵐だって川谷だって長野だって、他にも部員はたくさんいるだろ」
里宮は本気で言っているのだろうが、俺は思わずため息を吐いてしまった。
そういう問題じゃないんだよなぁ……。
「部長になれるような強い人ってこと。だから、里宮しかいないだろ」
俺は里宮のように強くない。
誰もが里宮と同じ力を持っているわけじゃないんだ。
「なんで?」
きょとんとした顔で言う里宮に、「なんでって……」と言いかけて、俺はやめた。
里宮に説明してもわかるわけがないのだ。
いつでも「やってみなきゃわかんない」と言って強豪校との試合でも気を抜かず勝ちに行く。
つまり“諦め”とか“力の差”とかが理解できないやつなのだ。
誰も口に出さなくたって、きっと皆が当たり前のように思っている。
“里宮しかいない”
なんと言っても、里宮は雷校のエースだ。
二年の一番手より、三年の一番手より、遥かに強い。
試合などで初めて里宮を見た相手は大体目を丸くする。
第一に、里宮は女だ。
男バスの男だらけのチームに、たった一人の女。
それもエース。
しかも里宮はまだ一年生だ。
一年で高校のエースを取るやつは珍しいどころか、もはや里宮しかいないだろう。
そして、なんと言っても里宮は背が小さい。
バスケをやっている男子はほぼデカイので遠くから見ると里宮の隣に立っている人全員が巨人に見える。
そのくせ里宮は小さい体をちょこまか動かしていつのまにかゴール下まで行ってしまう。
そしてそのジャンプ力と命中力が半端ないのだ。
里宮に取られたボールはほぼ確実に里宮の手でシュートされる。
相手から考えれば、里宮にパスが回れば確実に点を取られてしまうというわけだ。
それを本人は全く理解していない。
自分がどれだけ特別な存在なのか。
だから自分が部長になるなんて考えてもいないのだ。
「敵わねぇな……」
「ん?」
「なんでも」
うんと伸びをして、俺は里宮と共に走り出した。




