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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
最終章
199/203

197. 初恋の先

 自分で言うのもなんだけど、今の生活は割と充実していると思う。今でも大親友の蓮とは同じ大学だし、高校で吹っ切った初恋の人とも同じ大学というまさかの展開……。


 またこの横顔を見られる日が来るなんて、と隣に座る黒沢くんの姿をぼうっと眺める。チラチラと時計を確認し、講義の終了時刻まで20分を切っている頃には、集中力なんてもうとっくに消えてなくなっている。


 既に今日の講義を終えていた蓮たちと別れ、私たちは午後一番の講義に出席していた。教授の難しい話が続く中、特にメモを取ることもなく暇を持て余す。


 ふと、がんばれよ、と耳打ちしてきた蓮の声が蘇り、お腹の底から緊張感が這い上がってくる。密かにもう一度黒沢くんの横顔に目を向け、高鳴る心音を自覚する。


 やっぱり、一度芽生えた恋は少なからず心の片隅に残ってしまうものだと思う。一緒にいる時間が増え、その笑顔に触れていれば、嫌でも再発してしまう。

 高校時代の友人である桃曰く、新しい恋を見つけない限り過去の恋愛を完全に吹っ切ることはできないらしい。“その人”が現れるまではどうしても目で追ってしまうし、心のどこかで想ってしまう。それが恋なんだと。


『やっぱり、まだどっかで黒沢くんのこと好きだったんじゃない?』


『そうなのかなぁ〜。ていうか、そういう桃はどうなのよ』


『え、私? ん〜』


 数日前、久々に会った桃との会話を思い出す。

 一緒に男バスのマネージャーをしていた桃は、当時他校の選手だった高津くんに一目惚れをしたのだ。


「高津くんのことは、本当に好きだったよ。でも、あんなに大事に想う人がいるんだもん。私じゃとても敵わない」


 そう言って肩をすくめた桃は、おどけたように笑って続けた。


「今は、大好きな彼氏もいるしね!」


 頬を赤く染めて笑う姿は眩しく、心からの幸せが透けて見えるようだった。

 桃には、大学生になって一つ年上の彼氏ができたらしい。違う学校に進んだことから当時より交流は減ってしまったけれど、幸せそうで良かった、と私は密かに安心していた。


 そんなことを考えていると、途方もなく長いように感じていた講義はあっさりと終わり、私と黒沢くんは揃って大学を出た。

 講義の後にこうして2人で出かけるのにもいつしか慣れた。高校の頃には学校の外で2人きりなんて想像もつかなかったけれど、大学に入ってすぐ黒沢くんの買い物に付き合ってから、時折こうして出かけるようになった。


 黒沢くんが転校する前、毎日のように2人で話していた日々を思い出す。あの頃話していたシリーズものの映画の新作とか、行ってみたい場所とか、まるで当時の距離を埋めるように、黒沢くんは少しずつ私たちの希望を叶えていった。


 ……これに何か意味があるのかは分からない。

 黒沢くんはきっと、気まぐれに続くこのおでかけを“デート”だなんて思っていない。単に友達と思ってくれているからなのか、やっぱりまだどこかに罪悪感があるのか。

 いつもあまり考えないようにしているのに、暗い思考は溢れて止まらない。


『がんばれよ』


 諦めの悪い私の恋心を知っていて、いたずらに囁いた蓮の顔が浮かぶ。


「蓮があんなこと言うから……」


「ん? 何か言った?」


 不思議そうに耳を寄せてくる黒沢くんに、「なんでもない」と小さく首を振る。楽しみにしていた映画の内容もあまり頭に入ってこなかった。考えすぎて疲れたのか、どこかふわふわとした頭のまま映画館を出る。

 4月中旬とはいえまだ日は短く、たった2時間で空はすっかり夜の顔になっていた。


「大丈夫?」


 ふいに私の顔を覗き込んできた黒沢くんとの距離が想像以上に近くて、私は「なにが!?」と大袈裟に反応してしまう。


「なんか疲れてるみたいだったから」


 まっすぐな黒沢くんの目に見つめられ、私はしまった、と内心で数分前の自分を呪った。


「そんなことないよ! ちょっと考え事してただけ!」


 いつもどおりの笑顔を浮かべ、気合いを入れるように両手でガッツポーズを作る。せっかくの貴重な時間を無駄にしてしまうところだった。そう頻繁にあるわけでもない黒沢くんとのおでかけデーは全て最初から最後まで楽しい思い出にしたかった。


 黒沢くんが何を思っていようと、私は黒沢くんのことが好きなのだから。


「元気ならいいけど……。そこのビルに屋上庭園があるらしいから行こうかと思ったんだけど、どう?」


「そんなのあるんだ! 行ってみたい!」


 持ち前の明るさで即肯定し、2人並んで歩き始める。すれ違うカップルの姿には見ないフリをしてなんとか平静を保ち、辿り着いた先には嘘のように美しい夜景が広がっていた。煌びやかな光景に思わず感嘆の声が漏れる。うっとりとその光を眺めて、ハッと自分の存在を思い出す。


 辺りを見回すと、同じ景色を見ている人のほとんどがカップルだった。途端に黒沢くんが気まずい思いをしていないかと、一抹の不安が心に影を射す。


「きれ〜! やっぱこういうとこはカップル多いね!」


 なんとも思っていない風を装って明るく言う。「だな」という黒沢くんの相槌を聞いた直後、私の体は唐突に硬直した。

 夜風に晒されて冷えていた指先が、温かな感覚に包まれている。


「そこ座ろうか」


 私の手を取った黒沢くんの声が、暴れる心音のせいでやけに小さい。軽いパニック状態になりながら、私は黒沢くんに促されるまま木製のベンチに腰かける。


 早鐘を打つ心臓とは裏腹に、その場の空気は落ち着いていた。誰もが美しい夜景にうっとりと目を細め、騒いでいる人は1人もいない。ひとつひとつのベンチが離れていることもあり、時折聞こえる話し声も微かな音として耳に届くだけだった。


 春といえど夜風は冷たい。普段なら身を震わせているはずのそれも、今はなぜか心地よかった。

 私たちはそのまましばらく夜景を見ていた。繋がれた手の先で黒沢くんが何を考えているかなんて分からないまま、音もなく時間が過ぎていく。


 ふいに手を引かれたかと思うと、こちらを振り向いた黒沢くんと目が合った。


「好きだよ」


 ドクンと心臓が跳ねる。息が止まってしまうかと思った。


「今までずっと、友達として接してくれてありがとう。あの時断ったのは俺なのに、今更……勝手なこと言ってるのは分かってる。……でも、今の俺は、“恋人”として工藤の隣にいたい」


 混乱した頭が、少しずつ黒沢くんの言葉を整理していく。その意味が鮮明になるにつれ、見開かれた私の目には涙が浮かんでいた。


 夢かと思った。本気でそう思った。

 まさか、あの頃からしぶとく想い続けた私の初恋が叶うなんて。そんなことが、本当に現実に起こり得るんだろうか。


 そんな私の疑心を見抜いたように、「好きなんだ」と黒沢くんが確かな声で繰り返す。

 たったそれだけの言葉が、かけがえのないその言葉が、驚くほどに胸を満たしていく。


 目を逸らすことなくじっと見つめてくる黒沢くんに、私は思わず小さく笑った。

 この上ない幸せを、強く噛み締めながら。



「……私は、ずっと好きでした」

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