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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
193/203

191. 正反対コンビ

 眩い光が窓越しに降り注ぐ。

 遠くから響く蝉の声と声援を聞きながら、今日という日が一つの節目になることを実感する。


 7月上旬、俺たちは引退を左右する大事な試合の日を迎えていた。今日勝ち抜いた上位3校はインターハイ出場が認められるため、この試合はインターハイ予選とも呼ばれている。

 俺たち3年の引退だけでなく、1・2年生やこれからの雷校バスケ部にとっても大切な試合だ。


 緊張感に包まれた日々の中で、いつも以上に厳しい練習を乗り越えて迎えた今日。体制は万全、ではあるのだが、“例の取材”に対する心構えは一切出来ていなかった。


「初めまして〜! 君が高津茜くん!? まさにスポーツ選手って感じだね! 写真映えしそうでとても良い! 腕が鳴るな〜!」


 初対面にも関わらず止まらないマシンガントークに目が回りそうになる。若干吊り目でパッチリと開かれた目には吸い込まれそうな明るさがあり、顎のラインで切り揃えられた金色の髪は眩しいくらいの輝きを放っていた。


 恐らく、というかほぼ確実にこの人が里宮の言っていた“お節介女”こと俺たちを取材するというカメラマンの女性なのだろうが、顔を合わせて数分、俺はまだ彼女の名前も知ることが出来ていなかった。


 あまりの勢いに口を挟めないまま苦笑を浮かべていると、隣に立っていた里宮が呆れ顔を隠そうともせずに大きなため息を吐いた。


「自己紹介くらいしろよ、キリ。高津が固まってる」


 里宮の言葉を合図に彼女の言葉はピタリと止まり、大きな目は狼狽える俺の目を覗き込むように見つめた。

 相変わらずの口調と態度はどうかと思うが、里宮の助け舟はありがたかった。“キリ”と呼ばれた女性は、今初めて気が付いたかのように目を丸くして再び口を開いた。


「あ〜! そうだね、ごめんね! 自己紹介してなかったね! 私は富浦 桐(とみうら きり)! 私のお父さんが社長の秘書で、れんれんのことは小さい頃から知ってるんだ〜!」


 テンション高く言う彼女の姿は、どことなく長野を連想させた。……いや、長野よりすごいかも知れない。

 そんなことを考えながらも「よろしくお願いします」と頭を下げるが、「ところでさぁ」と次の話題に移る気満々の富浦さんが聞いているのかどうかは分からなかった。


 そんな中「れんれんはやめろって言ってるだろ」とうんざりした顔で言う里宮を見て、里宮が長野のテンションに付いて行ける理由がなんとなく分かった気がした。


 その時、相変わらずにこやかに話し続ける富浦さんの背後に人影があることに気付く。目元を隠す長い前髪、首から下げられた立派なカメラ。

 その存在に一切気が付いていなかった俺は、驚きのあまり「うおっ」と声を上げてしまった。


 俺の声に反応し「ん?」と振り返った富浦さんは、「(まもる)? なんでそんな後ろいるの?」と聞き慣れない男性の名前を呼んだ。“守”と呼ばれた男性は猫背気味の背を丸めるようにして小さく会釈をする。


「ぺこっじゃなくて自己紹介しなよー! 相変わらず人見知りだなぁ!」


 容赦ない富浦さんの言葉と丸い背を叩く勢いには思わず苦笑してしまったが、押されるようにして俺たちの前に躍り出た彼の表情からは何の感情も読み取れなかった。恐らく、彼も里宮と同じように富浦さんのテンションには慣れているのだろう。


粟野(あわの) 守、です」


 先程より少し深く頭を下げた彼が顔を上げ、揺れた前髪の隙間からは色素の薄い綺麗な目が見えた。


「守はカメラの腕がすごいんだよ! 私も撮るっちゃ撮るけど今は記事担当って感じだから、今日主に君たちを撮るのは守かな!」


 そう言って眩しく笑った富浦さんは相変わらず強い力でバシバシと粟野さんの背を叩いていた。

 なんだかすごいコンビだな……と思った矢先、隣にいた里宮がこっそり「足して2で割れば丁度良いのにな」と囁いてくる。本気なのか冗談なのか知らないが、普通に反応に困る。


 そんなこんなで随分長めの挨拶を済ませ、俺たちは控え室に続く廊下を歩き始めた。

 いつになく大きなため息を吐いた里宮に、「大丈夫か?」と苦笑しながら声をかける。あのテンションを真っ向から受け止めると正直かなりの体力を消耗する。昔馴染みとはいえ久々の再会だったようだし、どことなく試合への緊張を滲ませている里宮のことが心配だった。


「キリの迫力はすごいからな……。あいつらとは腐れ縁で昔からあんな感じなんだよ。流石にもう慣れたけど初対面でびびったのは今でも覚えてる」


 当時のことを思い出したのか、里宮は小さく吹き出して笑った。あのテンションを受け止め続けるのは骨が折れるだろうが、賑やかで楽しい記憶になることも本当なのだろう。


「そういえば、小学生の頃はキリ達の親が家事やったりしてくれてたんだよな。キリはああ見えて庭いじり得意だから今も月一で来てくれてるし。……父さんと2人になってから、沢山、世話になってる」


「……そうか」


 里宮が自分のことを話してくれるのが嬉しかった。それと同時に、里宮が“思い出してしまう”記憶があることがやるせなかった。

 どこか遠くを見つめる里宮の横顔を眺めていると、虚ろげだった表情に微かな笑顔が宿った。


「どうした?」


「……いや、我ながら変わったなぁって思ってさ」


 そう言って小さく笑った里宮は、歩みを止めてまっすぐに俺の目を見つめた。


「やっぱり、高津のおかげなのかもね」


 可愛らしく細められた目の中に俺の姿が映る。唐突な言葉にぶわっと体温が上がるのを感じた。

 足取り軽く歩き出した里宮の背を明るい陽が照らし、踊る黒髪を艶やかに輝かせる。


 それを見た瞬間、全てが吹っ切れたような気がした。

 今までの迷いがむしろ不思議に感じられる。迷いも不安もタイミングも無視して、感情が溢れ出すような感覚。

 どうして今まで言わずにいられたのだろう。


「里宮」


 高くポニーテールに結ばれた黒髪を揺らして振り返る、自身の変化を俺のおかげだと言ってくれる、この人は。



 ……俺の、好きな人だ。

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