190. 終着点を見据えて
「それで、結局高津と同じ大学にしたのか」
呆れたような安心したような、それでいていつも通りの雰囲気を纏った五十嵐が言う。
「だからたまたまだって言ってんだろ」とすかさず里宮が不機嫌な声を出し、俺たちは思わず声を揃えて笑った。
久々の裏庭で、俺たちはいつものように駄弁っていた。
木製のベンチに座った五十嵐はどこか満足そうな笑みを浮かべながら俺が買ってきた紅茶を一口飲んだ。
五十嵐の悪戯心にはたまに呆れるが、なんだかんだ里宮とは相性が良いのだ。こうしたやりとりを見ている時だけ、ミニバス当時の幼い2人の影が見える気がした。
「いやぁ〜、でも里宮が遠くに行っちゃわなくて良かった! 俺寂しすぎて死ぬもん!」
いつものちょんまげをぴょこぴょこと跳ねさせて人懐こく言う長野に、思わず「彼女かよ」と笑いながらツッコミを入れる。
「友達だって寂しい時は寂しいだろ〜! な! 川谷!」
「んえ? あぁ、うん」
突然肩に手を回され顔を上げた川谷は明らかに心ここにあらずな顔をしていたが、そんなことを気にも留めない長野は楽しそうに川谷の肩を揺らしていた。
「大学の場所とか、誰がいるとかいないとか関係なく、ちゃんと考えて決めたよ。本当にやりたいこと」
なんでもないことのようにそう言って、里宮は空になったいちごみるくのパックをゴミ箱に投げ捨てた。
1年の頃と変わらない賑やかな空気は少しばかり真面目なものになり、長野は忙しなく揺れていた体の動きを止めた。
「やっぱり私は、プロになりたい訳じゃない。でも、将来に据えないからって、本気じゃない訳がない」
里宮の鋭い目が光る。その目が見据える未来は、その場にいる全員が見ているのと同じ夢の舞台だった。
「全員本気で挑むんだから、負ける訳にはいかないよな」
先程までの道化はどこへやら、至って真面目な顔をした五十嵐が言う。自然と見合わせた全員の目にも同じ決意が映っていた。
日に日に迫ってくる試合の日。これが最後になるかも知れないという不安感と、最後になんてさせないという闘争心がせめぎ合う。どちらにせよ、俺たちの終着点が近付いてきているのは確かだった。
ふと、緊張感で凍りついてしまったかのような裏庭にひとつの着信音が響いた。
「私だ」と小さく呟いてポケットからスマホを出した里宮は、その画面を見るなり分かりやすく顔をしかめた。
「どした?」と不思議そうに身を乗り出す長野に、「いや」とだけ言って里宮は通話ボタンを押した。開口一番「なんだよ」とつっけんどんに言う里宮を見て、その相手が親友の工藤でないことだけは確信できた。
俺たちは里宮の電話が終わるまで各々スマホをいじったり本を読んだりなるべく静かにしていたのだが、だからこそ里宮の「いらない」やら「来るな」やら不機嫌そうな声はやけに大きく響いた。
相変わらず落ち着かない様子で体を揺らしていた長野は、里宮が通話を切った瞬間に「誰?」と興味津々で問いかけていた。
スマホをポケットにしまった里宮は、眉間に皺を残したまま「お節介女」とだけ吐き捨てるように言った。
思わず「なんだそれ」と笑うと、里宮は面倒臭そうにため息を吐いた。相当相性の悪い人なのだろうか。もしくは、とんでもないお節介を受けてしまったか。
「父さんの会社のカメラマンだよ。ウィンターカップ予選の時カメラ貸してくれた」
後頭部を掻きながらそう言った里宮に、川谷がすかさず「良い人じゃねーか!」とツッコミを入れる。的確なツッコミに俺と長野は思わずうんうんと頷いていた。
「世話になっといて“お節介”って、反抗期かよ」
続けて五十嵐が言うと、里宮は「うるさい」と容赦なく五十嵐を睨みつけた。
「カメラ貸してくれたのは感謝してるけど、今回は頼んでないし」
そう言って拗ねたような顔をする里宮に、「何を?」と率直に尋ねてみる。里宮のまっすぐな視線が俺を射抜いた。
「私たちの試合、取材しに来るって」
凛と通る声がその場の沈黙に溶けていく。
言うまでもなく、俺たちは驚きのあまり固まっていた。どこにでもいる高校生に対し、“取材”といういかにも仕事染みた言葉を当てはめる状況が上手く飲み込めない。
そんなの“お節介”とかの次元じゃないんじゃないか? と思いながらも、ただ“面倒臭い”ということしか考えていなさそうな里宮を前に、俺は何も言えないまま呆然としていた。