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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
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188. 決意の光輝

 容赦のない日光がジリジリと肌を焼く。

 6月を前にして30度を超えた気温に疲弊させられることも増え、季節は少しずつ夏へと変わっていく。見送るだけで自分とは遠いものだと思っていた“最後の夏“は着々と迫って来ていた。


 蛍光灯の消えた教室で部活の準備をしながら里宮の話に耳を傾ける。いちいち驚いた声を上げる長野を除いて一番に口を開いたのは五十嵐だった。


「まぁ、ちゃんと話せたんなら良かったよ。これからは部活中も気遣わなくて済むわけだし」


 わざとらしくため息を吐く五十嵐に、里宮はムッと顔をしかめて「悪かったな」と吐き捨てていた。”悪かった“という割には不服そうに見えるが、そこには触れないでおく。


「とにかく丸く収まって良かったな」


 川谷がにこやかに言うと、里宮は険しい表情を残しつつ素直に頷いていた。何にしろ大切な後輩との仲が修復されて里宮も嬉しいのだろう。元通りの関係に戻るまでは時間がかかるかも知れないが、今の里宮ならきっと大丈夫だ。


 全員で教室を出てぞろぞろと体育館へ向かう。

 昼間青かった空には煤を撒いたような雲が広がっていた。


「ちゃんと話してきたよ」


 重そうな鞄を肩にかけ直しながら里宮が言った。


「うん。お疲れ様」


 優しく笑いかけながら、数日前の昼休みに交わした会話を思い出す。あの時はかなりグレーな発言をしてしまったが、恋愛のことになるととことん鈍い里宮に俺の気持ちがバレるようなことはないだろう。


『今まで俺、ずっとレンセンパイのこと好きだったんです』


 ふと、あの日の麻木の言葉が脳裏を過った。あの後悔を、里宮は知っているのだろうか。


「麻木、告白以外に何か言ってたか?」


『それでも、タイミングなんてなかったんです』


 思えば、里宮に似てほとんど無表情な麻木の”感情“を見たのはあの時が最初で最後かも知れない。


「そうだな。やっぱり変わったって言われたよ。あの頃とは違うって。それで、私が変わったのは──……」


 そこで、不自然に里宮の声が切れた。不思議に思って隣を歩く里宮に目を向けると、開こうとした口が喉ごときゅっと閉まるような感覚がした。

 俺の目に飛び込んできたのは、顔全体に加え耳まで赤くしている里宮の姿だった。


「え、どうした!?」


 思わず大きな声で言うと、前を歩いていた3人も驚いたように振り返った。「ケンカか!?」と目を丸くして聞いてくる長野に、「いや、違うけど」と急いで否定する。

 見ると、里宮は赤い顔のままこれでもかと言わんばかりに顔をしかめていた。

 どんな感情……?


「なんでもない!」


 怒りの滲む声でそう言い放ち、里宮は皆を追い越して階段を下りて行ってしまった。「何言ったんだよ」と川谷が呆れ顔で聞いてくるが、俺は何が何だか分からないまま「さぁ……」と答えるしかなかった。






「高津センパイ、ちょっといいすか」


 いつも通り鷹の笛の音を頼りに走り続けて1時間。10分休憩の時間に汗を拭っていると、涼しい顔をした麻木が近付いてきてそう言った。

 快諾して立ち上がると、俺たちはどちらからともなく体育館の扉を抜けて外階段に腰かけた。麻木の告白の後に話した時と同じ場所だ。


「ちゃんと告白して、ちゃんとフラれました」


 前置きもなくそう言った麻木の声はむしろ清々しかった。あれから少ししか経っていない筈なのに、吹きつける風はぬるく湿気を孕んでいる。季節の巡りは想像以上に早い。

 麻木に倣って遠くの木を眺めるまま、俺は「そうか」とだけ小さく言った。


「思ったより納得してるんすよ。結局、俺の一番はバスケだから。……センパイがバスケしてなかったら、出会ったのがミニバスじゃなかったら、俺はセンパイのこと好きにはならなかった」


 手元に目を落とし、麻木は呟くように言った。その目には静かな寂しさが宿っていた。麻木にとってバスケは何より大切な存在なのだろう。きっと、里宮と同じように。


「……だからこれからも、俺はレンセンパイのバスケを追いかけます。センパイのバスケを最後まで見届けて、追いついて、追い越すまで。俺はバスケを続けます」


 噛み締めるように言って、麻木は不意に俺の方を向いた。一重のけだるげな目には決意の色が滲み、俺はその時初めて麻木と目が合ったような感覚がした。


「里宮を越すのは難しいだろうけどなぁ。続けてればいつかは叶うよ。麻木はバスケ上手いもんな」


 目を合わせたまま笑顔で言うと、麻木は少しだけ目を丸くして「ありがとうございます」と微かに目を泳がせた。ほんのりと耳の端が色付いているのを見て、俺は思わず笑ってしまった。


「どしたんすか」


 無自覚なのか真顔で聞いてくる麻木に、「なんでもないよ」とにやけた口元を隠しながら返す。大人びた雰囲気を纏ってはいるが、やっぱり俺たちの後輩なんだな、と改めて実感した。

 揃って立ち上がると、麻木が軽く頭を下げて言った。


「話聞いてくれてありがとうございました。休憩時間なのにすんません」


「話くらい聞くよ。俺で良ければ」


 笑いながら言うと、麻木は数秒悩んでから「じゃあついでに一ついっすか」と顔を上げた。


「うん?」


「高津センパイ、絶対レンセンパイのこと落としてくださいね」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。そのままの状態で固まっていると、余程おかしな顔をしていたのか、麻木が「ふはっ」と横を向いて吹き出すのが見えた。そこで漸く麻木の言葉を飲み込んだ俺は、思わず「はぁ!? なんでだよ!」と声を荒げていた。


 里宮のことが好きな筈の麻木がどうしてそんなことを言うのか、俺には全く理解できなかった。いや、そもそもなんで俺が里宮のこと好きってバレてんだよ。

 頭の中でぐるぐると考えが回り混乱する俺を他所に、麻木はニヤリといたずらに笑って「ムカつくんで」と意味ありげに言った。


 そのまま体育館に戻ろうとする麻木を呼び止めるも、麻木は声を上げて笑うばかりで足を止めようとはしなかった。

 慌てて追いかけながら、悔しくもその笑顔を眩しいと感じている自分がいた。

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