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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
184/203

182. 命の確率 後編

 とりあえず最寄り駅に向かう電車に揺られながら、頭の中で状況を整理していく。

 寄り道禁止ということは、今まで雷校の近くで会ったりカフェに入ったりしていたのも立派な違反行為な訳で。まぁ俺は“バレなきゃセーフ”だと思っているのだが、高橋だけにそんなことをさせるのは何だか気が引けてしまう。……いや、今まで無意識に校則違反させてたんだけど。


 高橋曰く、雷校(こっち)には最寄りを通り越して来るので一度帰った扱いになるらしい。そんな訳あるか。

「だってぇ」と叱られた子どものように身をすくめる高橋に、思わず小さく笑ってしまう。


「こうでもしないと会う時間取れないじゃん。ただでさえ五十嵐くんは部活で忙しいのに……」


 しゅんと下を向く高橋に、確かにな、と思う。平日のほとんどは部活だし、休日も練習試合や大会、大会前の追い込み練習で潰れることも少なくない。そう考えると、休日にきちんと計画を立てて出かけるデートも、もうしばらくできていなかった。


「……ごめん、なかなか時間取れなくて」


「えっ!? いやいや、責めてるわけじゃなくて……! 試合観るのも楽しいし、めっちゃ応援してるから邪魔するつもりなんてないんだけど……! ただ、会える時はなるべく長い時間一緒にいたいなって、私のわがままで……」


 慌てて手を振りながらまくし立てる高橋に、「ありがとう」と素直に言って笑う。きっと高橋は今まで沢山我慢してきたのだろう。部活の都合でデートが突然中止になってしまったことだってあった。それでも嫌な顔一つせず送り出してくれた高橋の笑顔は今でも覚えている。


「寄り道のことだって、言ったら五十嵐くんが気にするだろうなと思って黙ってたの。だから完全に私のわがままで、五十嵐くんのせいなんかじゃないんだからね!」


 真剣にそう訴えてくる高橋に、思わず笑いながら「うん」と返す。こうして話しているだけでも充分に楽しい。寄り道がダメなら、高橋の学校まで迎えに行くのもアリなんじゃないか? それなら帰り道にこうして沢山話せる訳だし。

 そんなことを考えながら、流れていく景色を静かに見守る。


「そういえば、針センの本名なに?」


「ん? 針山先生だよ」


「お〜。何げに一番気になってたから助かった」


 言うと、高橋は「一番気になってたのそこ?」と笑いながらツッコミを入れた。可笑しくて、楽しそうに笑う高橋が可愛くて、腹の底がくすぐったくなる。

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて行き、二人の最寄り駅に到着した。遠慮する高橋を押し切って家まで送って行く道中、ふと昼休みに考えていたことを思い出した。


「そういえば今日、本当はどっか行きたい所とかあった?」


 放課後の限られた時間でも、色々と出来ることはある。いつもなんとなく会って話すだけになってしまうが、高橋の行きたい所があるなら叶えてやりたい。……まぁ、場合によっては一度帰宅してからで。


「ん〜? 言われてみれば全く考えてなかったなぁ」


 呑気な声でそんなことを言われ、思わず拍子抜けしてしまう。


「全く?」


「う〜ん。だって今日は、五十嵐くんが元気なのが分かればそれでよかったもん」


「え……?」


 予想外の言葉に思わず目を丸くしてしまう。それはそっくりそのまま俺が思っていたことだった。ただの夢に感化されて不安になって、心配して……。


「朝電話した時、五十嵐くんなんか変だったでしょ。だから何かあったのかなぁ〜って」


 ……そんな風に、思ってくれていたのか。

 あの時の焦りも安堵も、どこかで感じ取ってくれていたのかも知れない。そう思うと、今朝の俺が報われた気がして、胸の中心が温かくなる。……あぁ、つくづく。


「まぁ気のせいかも知れないんだけどね! 私も、会いたかったし」


 好きだなぁ。

 春風に吹かれて踊るボブの髪に触れると、高橋ははにかんで笑った。柔らかな髪を梳き、「実はさ」と、俺は今朝見た夢のことを高橋に話した。

 黙って話を聞いていた高橋は、ただ小さく「そっか」と声を落としただけだった。それが無性に心地良く感じた。


「……俺たぶん、今でも怖いんだよ」


 繋ぐ手に力を込め、沈む夕日を睨むように見つめる。


「優花が溺れた日のこととか、急に思い出したり夢に見たりするし。高橋の手術の日も、泣いてる顔も、ずっと……」


 消えないんだ。

 情けないことだと、自分でも思う。何も不安に思うことはない。起こってもいないことを憂いていたって仕方がない。

 分かっているのに。分かっていたいのに。……大切すぎて。


「……私は、死にませんよ」


 顔を上げる。きっとどうしようもなく情けない顔をしている俺の頬に、高橋の温かい手が触れる。


「ちゃんといるでしょ? 私も五十嵐くんも」


「……ん」


 声を出したら更なる醜態を晒してしまいそうでつぐんだままの口に、小さな唇が優しく触れる。

 それは今互いに生きている証明のように思えた。


「でも、難しいよね。そういう怖さって、目を逸らすことでしか逃げられないし」


 ……確かに、そうかも知れない。どれだけ心配していようと、気にせずに過ごしていようと、人はいつか必ず死ぬ。それだけが全人類平等に背負わされている。根本的な解決なんて、この世に存在する筈がないのだ。


「だからね、確率を上げようと思ったの」


「確率?」


 淡い夕日に照らされた顔をこちらに向けて、高橋は「うん」と笑った。


「皆が幸せで、長く生きていられる確率。だから、医療関係の道に進みたいと思ったんだ」


 ……幸せで、長く生きていられる確率。

 保証することはできなくても、確率を上げることはできる。顔も名前も知らない誰かを幸せにするための未来が、高橋にはもう見えているのだ。その姿を、ただ純粋に格好よく思った。


 ……いいなぁ。無意識にそう思った時、唐突に辻野先生の言葉を思い出した。


『少しでも興味を惹かれるものがあるなら、まずは飛び込んでみるのも一つの手ね』


 脳内で再生された声に対して、慌てて首を振る。確かに高橋のことは尊敬しているが、自分が医者になる未来なんて想像もできない。

 ……でも、じゃあ、“医者”じゃなかったら?


『教師になるつもりなんてさらさらなかったわよ』


 そうだ。高橋だって、目指しているのは看護師だ。医療関係のことを勉強するからって、必ずしも“医者”になる訳じゃない。それ以外の道なんていくらでもある。

 ただ一つの目標は変えないままで、それを叶えるための道なんてどんな形をしていても良いのだ。


『指針を変えずに形を変えることなんて簡単よ』


「高橋」


 名前を呼ぶと、高橋はあの頃と変わらないボブの髪を揺らして振り返った。軽く内側に巻かれた毛先が、夕時の風に吹かれてふわふわと踊る。

 ……この笑顔を、許される限りずっと見ていたい。こんな幸せを、誰にも失って欲しくない。


 ”いつか“の不安を吹き飛ばすくらいに、”確率“を上げたい。


「……俺も、やりたいこと見つけた」

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