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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
174/203

172. 道を示す光 前編

 長年大切に続けてきたものは、いつか自分の財産となる。

 立ち止まった時、迷った時、必ず正しい道を教えてくれる。

 その材料として与えられたのはバスケだった。まるで一筋の光のように、明るい方へ導いてくれるそれは、いつか自分の“大切なもの”になるのだろうと思っていた。


 あの日、あの“光”に出会うまでは。




* * *




 レンセンパイがミニバスに入って来た時のことは、正直よく覚えていなかった。

 当時俺は小1で、センパイは小3。チームも違えば練習時間もほとんど重ならない。俺たちのミニバスチームのコーチを務めるじいちゃんから、“すごいやつがいる”とセンパイの名前を聞いたことがあるくらいだった。


 寡黙なじいちゃんに賞賛されるセンパイの実力に興味を持ちながらも、俺とは遠い存在だと思っていた。

 先輩がミニバスに入ってきて半年ほど経ったある日、俺と先輩は初めて言葉を交わした。あの日のことは今でも鮮明に覚えている。先輩の存在が特別だっただけでなく、その出来事は俺の人生をぐるりと一変させてしまうものだったからだ。


 一通りの練習が終わり自由時間になると、俺は決まってひとりで練習していた。他にも自由に試合をして楽しんでいるチームメイトは沢山いたが、ほとんどのチームメイトは端に座って休んでいたためコートは空いていた。


 身体に対し大きなボールを床に打ちつけ、見えない相手を躱すように走る。夢中でゴールを目指し、細く息を吐き出してシュートを決める。

 落ちてきたボールをキャッチし、もう一度走り出そうとした時、俺は思わず足を止めた。


 コート脇で腕を組んで立っている人の姿が見えたからだ。気だるそうな目は睨むように俺を見つめている。

 それがレンセンパイだった。


 何秒か目が合ったのに、じっと見つめてくるだけの先輩の意図が分からなくて、俺は逃げるように顔を背けた。

 もしかしたら、俺を見てる訳じゃないのかも知れない。

 自分に言い聞かせるように心の中で呟き、俺はまた走り出した。


 意識しないようにしようと思えば思うほど、向けられる視線に気が取られてしまう。なんだか集中できなくて、全身がいくらか硬くなったような気がした。

 やりづらさを感じながらも、先程と同じようにドリブルをしながらゴールへ向かう。流れるようにレイアップシュートを決めた直後、「おい」という声が俺の全身を飛び上がらせた。


 振り返ると、センパイはまっすぐに俺を見ていた。全てを見透かすような瞳を向けられ、なんだか居心地の悪さを感じる。たっぷりと間を取ってから、センパイはどこか呆れたような口調で言った。


「お前、バスケ好きじゃないだろ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中に生まれた感情は怒りでも戸惑いでもなかった。


 俺にとって、バスケは生活の一部だった。

 朝が来たら起きて、夜が来たら眠るのと同じだ。平日は放課後にミニバスチームでバスケをして、休日は近くの公園で練習を重ねた。その生活が当たり前だった。

 だから、バスケを好きか嫌いかなんて一度も考えたことがなかった。


 センパイは一時も俺から目を逸らすことなく、じっと返答を待っていた。センパイの問いに対する答えを持たない俺は、ただ目を丸くして黙っていることしかできない。

 それを図星と取ったのか、センパイはこれみよがしにため息を吐いた。


「お前がどんな気持ちでバスケやってようが知ったこっちゃないけど、手を抜くようなことはするなよ。本気になれないんなら今すぐ辞めろ。同じ方向を向いて走れない選手はただのお荷物だ」


 吐き捨てるようにそう言ったセンパイを見て初めて、俺は自分が忌まわしく思われていることに気が付いた。

 この人は一体、俺の何を見てそんなことを思ったのだろう。傷付く訳でも苛つく訳でもなく、ただ不思議に思った。

 離れて行く小さな背中を慌てて呼び止める。


「センパイ」


 なるべく大きな声を意識して声を発すると、センパイは無視することなく俺の方へ振り返った。


「……センパイは、好きなんですか。バスケ」


 本当にただ、その一心だけで。

 こんなに練習して、くたくたになるまで走っているのか。


「あたりまえだろ」


 訝しげに眉をひそめて、センパイは迷うことなくそう言った。何を当然のことを聞いているんだ、という言葉がその顔に浮かんで見える。


「好きだから始めたし、好きだから続けてる。……何があっても、バスケが大切なのは変わらない」


 その時、センパイは一瞬目を伏せたように見えたが、すぐに元の厳しい顔に戻って言った。


「ほら、練習始まるぞ」


 睨みつけるような目つきのまま、立てた親指でコートを指したセンパイに、俺は「はい!」と腹から声を出して返事をした。

 俺がレンセンパイと同じ特別チームに勧誘されたのは、それからすぐのことだった。






 ミニバスチームの中にも、いくつかランクがある。

 大抵は年齢でチーム分けされるのだが、1つだけ年齢無差別の特別チームがある。そこで重視されるのは技術のみ。

 まぁ、年齢無差別といってもミニバスチーム自体が12歳で卒業なので小学生しかいないのだが。


 当時チームにいたのは小3から小6の選手6人。そのチームに、俺は小1の冬最年少で入り込んだ。

 年上しかいないチームでバスケをするのはかなり厳しかった。当然、自主練の時間は増えた。ミスをするたび胸の奥がチリチリと痛んで、試合では大人たちから向けられる期待の目にプレッシャーを感じて逃げ出したくなった。初めてバスケを辞めたいと思った。


 ……それにも関わらず、今までとは比べ物にならないほど強くバスケを“楽しい“と感じている自分がいた。

 中でも、レンセンパイとプレーするバスケは練習でも試合でも飛び抜けて楽しかった。時期に他のチームメイトとの距離も縮まり、俺はすっかりチームの一員になっていた。


 それから3年が経ち、シュウセンパイがチームに入ってきてからは更にバスケが楽しくなり、どんどんバスケ中心の生活になっていった。


 小6でミニバスチームに入ってきたシュウセンパイは、初心者にも関わらず3ヶ月程で俺たちと同じ特別チームに勧誘された。レンセンパイとは気が合うらしく、出会って3日も経てば数年の付き合いだと間違われる程に打ち解けていた。

 たまによく分からないことを言ったりするが、のんびりしていて人想いのシュウセンパイを、俺もすぐに好きになった。


 性格とは裏腹に素早い動きで、レンセンパイと流れるようなパスを連発し、気付くとシュートを決めている。そんなシュウセンパイのバスケも俺は尊敬していた。


 眩しい日々は流れるように過ぎ、桜がちらつく頃になると、センパイたちがチームを卒業する日がやってきた。



 同じユニフォーム姿のレンセンパイを、そこで交わした会話を、俺は昨日のことのように思い出す。

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