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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
171/203

169. 限定された強さ

 いつの間にか、ずっと高く伸びた背。幼さの消えた瞳。低く落ち着いた声。それでもお前は、あの頃のままで。


「レンセンパイ」


 ……何も、変わってないと思ってたよ。




* * *




 新学期。ついに”受験生“というものになって、教師たちの顔色は変わったものの、とりわけ生活は変わらないまま約1ヶ月の時が過ぎた。そうなると、受験なんかよりずっと先に、引退の日がやってくるわけで。

 私の頭の中はいつにも増して部活のことでいっぱいだった。


 今年も10人以上の新入生が入部し、大きな盛り上がりを見せている雷校バスケ部。素質のある後輩が多く、もうすぐ引退する身としては一安心だ。

 ……そんな中、どうしても腑に落ちないのは()()()の存在だ。


「ま〜た怖い顔してる!」


 陽気な声が聞こえたかと思うと、眉間をつん、と突かれる。


「……何」


 瞳だけ動かして言うと、私の額から人差し指を離した長野が機嫌良さそうに笑った。


「そんな険しい顔してるとしわになるぞ!」


 悪びれもせずそんなことを言う長野に、思わず先程突かれた眉間に触れる。そんなに険しい顔をしていただろうか。

 確認するように隣でバナナオレをすする高津に目を向けると、高津は苦笑しながら小さく頷いた。

 どうやら長野の勘違いではなかったらしい。


「里宮はすぐ顔に出るからな〜」


 あははと笑って馬鹿にしたように言う五十嵐に、「うるさい」と言い返すが、「ほらな〜」とまた笑われる。

 両手で額を覆うと、先程より自分が険しい顔をしていたことに気付く。悔しいが何も言い返せない。


「まぁ、良いことなんじゃないか? 自分の気持ちに正直なのは」


 穏やかな声に振り返ると、数枚のプリントを持った川谷が立っていた。どうやら図書室から戻って来たらしい。

 さっそく長野が「なにそれ!」と川谷の手元を指すと、川谷はニヤリと悪戯に笑って顔の前でプリントを広げた。


「参考書」


 文字だらけのプリントが晒され、長野は「うげぇ」と舌を出して苦い顔をした。それを見た川谷が快活に笑う。


「受験勉強?」


「一応な。なんか面白そうだったから印刷してもらった」


 サラッとそんなことを言った川谷に、すごいな、と素直に思った。勉強を”面白い“と感じる瞬間なんて、あってないようなものだ。川谷の発言を聞いてありえないとでも言いたげな顔をしている長野なんかは特に。


「川谷はすごいな……」


「えっ? なんだよ急に」


 どよんとした空気全開の長野に、川谷は不思議そうな顔をしていた。悲惨だ。

 五十嵐が「さっきの里宮より違う意味で怖ぇ〜」と楽しげに笑うが、聞かなかったことにしておく。


 小さくため息を吐きながらも、懐かしい雰囲気に心地良さを感じている自分がいた。こうしてまた同じクラスになったことで騒がしくなったのも事実だが、笑わされる機会が増えたのもまた事実だ。


 すぐに話せる距離に皆がいるのは、やっぱり……まぁ、悪くない。


「やっぱ、全員同じクラスっていいな」


 笑い合う皆の姿を見て、高津がしみじみと言う。

 一瞬、心を見透かされたのかと思った。


「里宮もそう思うだろ?」


 こっちを向いていたずらに笑う高津に、思わず釣られて笑う。

 やっぱり、高津には全てお見通しなんだ。


「うん」


 短く答えると、高津も満足そうに頷いた。

 その時私は改めて、このクラスで良かったと心から感じていた。




* * *




 昼間の空気から一転して、今にも雷が落ちてきそうなほど暗い空が辺りを覆う。力強く吹く風は体育館の古い扉をガタガタと揺らしていた。雨こそ降っていないが、真黒に染まった雲はまるで私の心情を表しているかのようだった。

皆と話しているうちは忘れていたイライラが再び全身を支配する。無論、原因は()()()だ。


 コートに入る1年の中でも一番に目を引く技術。しかしそれの正しい使い道を理解していない“アホ”である麻木俊介。

 私はあいつのことがとにかく気に食わない。


 ミニバス時代、あいつは恵まれていた。バスケ歴で言えば私より五十嵐よりずっと上であるあいつは、とにかくバスケが上手かった。多少の無愛想さや協調性のなさなんて簡単に許されるくらい。

 元々、チームの人間な寛大なやつばかりだったおかげでもあるが、あいつは技術だけで自分の居場所を作り、しっかりと立っていた。その技術は当然認められ、私と五十嵐、他にも高い技術を持つ人間を集めたチームに、最年少で入り込んだ。


 練習でも試合でも、あいつと同じコートにいる時が一番バスケを楽しめた。何より私はあいつの技術を認めていたし、チームの中でも私と五十嵐に別段懐いていたあいつを単純にかわいくも思っていた。

 小6でチームを卒業して中学になっても、時折五十嵐と共にあいつの成長を見に行くのが楽しみになっていた。みるみるうちに上達していく姿を見て、嬉しくない訳がなかった。


 これからあいつはどこまで行くだろう。どんな選手になるだろう。そう考えては期待に胸を躍らせた。

 ……それなのに。

 チームを卒業し、中学3年間目を離していたらこの有様だ。


 私は勘違いをしていた。あいつのバスケは、あいつの技術は、全て“あいつ自身”の力であると。


 的確に相手のルートを避けてコート内を駆け抜け、フェイクもノールックパスも平気でやってのける。当時バケモノのような強さを振りかざしていたはずのあいつは、ただ()()()()()()()()戦うのが上手かっただけだったのだ。

 心からチームのやつらを信頼しているからこそのプレーだった。


 あんなに分かりやすく差が出ているというのに、当の本人は全く気が付いていない。それがまず信じられない話だった。注意してやろうにも、何から何まで教えてばかりじゃあいつも成長しない。あの頃とは違って私達はもう高校生なのだ。誰かからの教えがなくちゃ自分の技術すら操れないなんて、そのまま進めばいずれ本当に落ちぶれてしまう。


 そんなことを考えて今まで黙ってきた訳だが、あいつのバスケは一向に改善される気配がない。歯痒く思いながらもここまで口を挟むことなく見守ってきた私を誰か褒めて欲しい。

 そんな馬鹿らしいことを考えながら、乱暴にスポーツドリンクを喉の奥に流し込む。冷たい感覚が心を落ち着かせてくれることを期待したが、どうも無理そうだ。


 大きなため息を吐いて腰を上げると、休憩中にも関わらずコート内でボールを奪い合う高津と五十嵐の姿が目に入った。

 やはりこの怒りを鎮める術はバスケしかないだろう。

 靴紐を結び直してコートに向けて歩き出そうとしたその時、後ろから「レンセンパイ」という声が私を引き止めた。



 今、一番私と話すべきではない人間が、そこに立っていた。

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