17. 少しでも届くなら
「よっしゃぁぁぁぁ! 楽しんでこーぜ!」
坂上先輩が突然大声を上げる。
今日は月曜日。
俺たちは学校を休んで関東大会会場に来ていた。
奇跡のような昨日の勝利で、俺たちは2回戦を突破し、今日は更なる強豪校との試合だった。
その場の雰囲気は、ほとんどヤケクソだった。
「まぁ、負けは決まってるからな。楽しんだもの勝ちってヤツ?」
雨宮先輩が言うと、「そんなこと言うなよ! がんばろーぜ!」と三神先輩が喚いた。
もちろん、先輩たちだって本気で試合に挑むだろう。
それでもやっぱり、勝てるはずがないと心のどこかで分かっているのだ。
そんなヤケクソムード全開の先輩たちと笑っていると、黙ったままベンチに座り込んでいる里宮の姿が目に入った。
「……里宮?」
恐る恐る声をかけると、里宮はパッと顔を上げて小首を傾げた。
「えっと……どうかした?」
「?」
「なんか、元気ないように見えたから」
言うと、里宮は不思議そうに瞬きをして「別に、フツー」と答えた。
「そっか。ならいんだけど」
何故だろう、最近の里宮にどこか違和感があるような気がする。何かに悩んでないといいけど。
そんなことを考えているうちに、集合の合図がかかった。
「これから、長ノ岡対雷門の試合を始めます!」
「「お願いします!」」
長ノ岡か……。
間違いなく、今まで俺たちが戦ったことのないレベルの強豪校だろう。
……でも。
諦めるのは、まだ早い。
『スパッ』
「よしっ、里宮ナイッシュー!」
油断している長ノ岡の選手たちの間を縫って、里宮が連続で点を決めている。
デカイ選手しかいないコートでは、逆に小柄ですばしっこい里宮が有利なのかもしれない。
あの長ノ岡も、背の低い“女”と戦うのは初めてだろう。
そして、里宮がまたひとりのディフェンスを抜こうとした時……。
『ガッ』
「!」
『ピピッ』
「里宮!」
突然倒れ込んだ里宮は床に片手をついていた。
今、何が……?
呆然としていると、隣に座っていた五十嵐が冷静に言った。
「あいつ、あの11番、里宮の足を引っ掛けやがった。ここで退場になってくれればありがたいんだけどな……」
「……っ」
そんな……。
里宮はすぐに立ち上がり、“まだ戦う”と言っているように見えた。
ここで里宮が下がれば、完全に長ノ岡の思うツボだ。
再び試合が始まると、さっきまでの勢いが嘘のように雷門は点を取られ続けていた。
長ノ岡の動きも、前半より素早いように見える。
どうやら体力を温存していたようだ。
みるみるうちに点差は離れて行き、先輩たちの表情も真剣になっていった。
里宮は、どうしても諦めたくないんだろう。
先輩たちも同じだ。
どれだけ差をつけられても、全力でやりきる。
それが雷校の力なんだ。
『ワァァッ』
巨人のような長ノ岡の選手に、里宮が片手を振り上げて飛びかかった。
シュートを打とうとしていた長ノ岡の選手の手から、ボールが一瞬にして消える。
残り時間は30秒、点差は40以上。
あんなことしたってムダだ。
きっと誰もが分かっていた。
あんなにマークされていたらシュートなんてできないし、もし入れられたとしても追いつかない。
本当は、さっき怪我した足も、痛くてしょうがないだろうに。
それでも必死にボールにしがみつく里宮を、ただ見ているだけ、なんて。
俺にはできなかった。
「っ里宮、いけぇぇぇぇ!!」
俺にできることは、ベンチでひたすら喉を潰すことだけ。それしかできない。
それでも……。
少しだけでいい。
少しでも、里宮に届くならーー……!
『スパッ』
「よっしゃ! 里宮ナイッシュー!」
長野も声を張り上げた。
『スパッ』 坂上先輩。
『スパッ』 雨宮先輩。
『スパッ』 三神先輩。
「クソッ!」
3……2……1……
『ビー!』
「そこまで! 58–102 !」
* * *
「あー、くそー! 58–102 ってなんだよ! ボロ負けかよちくしょー!」
三神先輩が不満そうに声を上げる。
「まぁまぁ、頑張ったんだからいいじゃない。ここまで追いつけたのもすごいよ!」
コーチが慰めるものの、みんなテンションだだ下がり状態だった。
「里宮、足大丈夫?」
小さくて細い足首に包帯を巻いた里宮に問いかける。
「ぜんぜん大丈夫」
里宮はそう答えたが、かすかに声が震えていた。
きっと、悔しくて仕方がないのだろう。
「おつかれ。残念だけど、次頑張ろうぜ!」
「……」
『次、頑張れば良いんだよ』
「……里宮?」
突然黙り込んだ里宮の顔を覗き込むと、里宮はハッとした表情で慌てて目をそらした。
「……どうかした?」
「っべ、べつに……」
里宮……?