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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
169/203

167. 気に障る後輩

「ミニバスの後輩だよ。私と五十嵐の」


 腕を組んで仮入部生たちの練習を眺めながら、里宮が言った。やっぱりな、と腑に落ちる。というのも、部員たちが混乱する中、全く気にすることなく「シュウセンパイもいる」と五十嵐の方へ寄って行く麻木を見たからだった。


 五十嵐はというと、「麻木じゃん〜。雷校(ここ)来たんだな〜」と随分薄いリアクションをしていた。けれどそのまま楽しそうに会話を続ける様子からはかなり親しげな雰囲気が感じられた。もしかして、と思い仮入部希望者のリストを確認すると、予想どおり“バスケ歴13”と書かれた横には麻木の名前があった。


「あいつ、ミニバスコーチの孫だから。けっこー上手いよ」


 そう言った里宮は、心なしかいつもより機嫌が良い気がした。やはり強い選手が増えるのは嬉しいのだろう。里宮の言う通り、麻木の実力は他の1年生たちとは比べ物にならないほど高かった。初心者のために基礎練から始めたのだが、麻木は意外にも嫌な顔ひとつせず真面目に取り組んでいた。


 今は軽く試合形式で体を動かしてもらっている。

 やっと地味な練習から解放されたからか、麻木は手にしたボールをほとんど自分の手でゴールさせるほどの活躍を見せていた。中には小・中学生からの経験者もいるようだが、麻木の実力には歯が立たないようだ。


 そんな後輩たちの動きを見ながら、ふと里宮が顔をしかめていることに気付く。先程までの機嫌はどこへやら、里宮はあからさまに大きなため息を吐いた。


「どうした?」


「アサギのやつ、なんも変わってないな」


 眉間に皺を寄せた里宮は低い声でそう言った。


「え?」


 思わず首を傾げるが、里宮はそのまま「私たちも練習しよ」とだけ言ってコートに入って行ってしまった。

 不思議に思いつつ、俺は里宮の後に続いた。




* * *




「はぁ〜、つっかれたぁ〜!」


 頭の後ろで手を組んだ長野が言う。

 仮入部初日の時間はあっという間に終わり、俺たちは制服に着替えて正門へ向かっていた。終始緊張しっぱなしだったが、特にハプニングもなく無事に終わってよかったな、と安堵の息を吐く。新2年生も先輩として仮入部生を指導することが出来ていたし、体験内容の進行にも問題はなさそうだった。あとは残りの3日間もこの調子で進められれば……。


 そんなことを考えていると、後ろから「レンセンパイ」という声が響いた。体育館から顔を出していたのは、まだ体育着姿でいる麻木だった。残って練習を続けていたのか、その額には汗が浮かんでいる。

 里宮は心なしか面倒そうに振り返ると、いつになく鋭い目を麻木の方に向けた。


「俺のバスケ、どうでした?」


 無表情のまま麻木が問いかける。それを聞いた里宮はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。


「知らねぇよ。そんなに反省会したいならひとりでしてろ」


 吐き捨てるようにそう言った里宮に、俺は思わず体を飛びあがらせていた。細い目を丸くしている麻木を見て、慌てて口を開く。


「里宮! そんな言い方……」


「いいから」


 俺の言葉を遮った里宮は、ジャージの袖を引っ張って無理やりその場を後にした。隣にいた五十嵐が「辛辣〜」と能天気に笑う。五十嵐にとっても麻木は長い付き合いの後輩なのに、特になんとも思っていないようだった。

 不思議に思っていると、俺の心情を察したのか五十嵐は「大丈夫だよ」と言った。


「里宮が後輩に厳しいのは昔からだから。高校ではそんなでもないけど、ミニバスの時はもう大変でさぁ」


 大袈裟に肩をすくめる五十嵐に、「普通だろ」と里宮が唇を尖らせる。「里宮らしいな」と話を聞いていた川谷も笑った。練習の時といいさっきといい、里宮の機嫌が悪いように見えたのは気のせいではなかったらしい。

 それも、麻木限定で。


「それにしてもあいつ、めっちゃバスケ上手かったよなぁ」


 感心した様子で言う長野に、「だよなぁ」と同意しながらも、俺はこの小さな違和感が気になって仕方なかった。


「そういえば長野、今日歩きなの?」


 いつもは自転車を押しながら駅まで歩き、来た道を戻る形で帰って行く長野だが、今日は平然と鞄を肩にかけて歩いていた。駐輪場に寄ることなく正門を出た時点で気にはなっていたのだが、指摘するタイミングがないままここまで来てしまった。

 すると突然、勢いよく長野の顔が目前に迫ってくる。その瞳は待ってましたと言わんばかりに輝いていた。


「そう! 今日はこのままくるみさんの実家行くんだ!」


 そう言った長野は眩しいくらいに明るい笑顔を咲かせていた。“くるみさん”って、確か長野の兄の奥さんだったよな……? その実家に行くってことは……。

 俺と同じことを考えていたのか、川谷が「もしかして」と顔を上げる。


「ぴんぽ〜ん! 遂に俺、おじさんになりましたぁ〜!」


 満面の笑みでそう宣言した長野に、俺と川谷は「おお〜!」と思わず手を叩いていた。「まだ川谷何も言ってないけどな」と呟く五十嵐の声には聞こえないふりをして脇腹を小突く。余計なことは言わんでよろしい。

 一方、里宮はキョトンとした顔で「おっさん?」と首を傾げていた。


「おっさんじゃなくて“叔父さん”。姪っ子生まれたんだって」


 軽く説明すると里宮は納得したように「ああ」と呟いて「おめ〜」と小さな両手を叩いて拍手をした。皆から祝いの言葉をかけられた長野は、なにやら複雑な顔をして「俺が生んだ気がしてきた……!」と意味不明な発言をしていた。


「訳分からんこと言うな」と五十嵐がツッコミを入れ、全員が笑う。そんなこんなで駅に着き、路線の違う3人に手を振っていつもどおり俺と里宮はホームで2人きりになった。



 気だるげな目は鋭く、機嫌悪そうに線路を睨みつけていた。

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