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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第5章
167/203

165. 賑やかな教室

 同じように見えて違う景色。

 1年の頃に思い描いていた姿とは程遠いが、俺達は確かに“3年生”だった。“最高学年”と呼ばれることもあれば“受験生”と呼ばれることもある。廊下の掲示物は大学のパンフレットがほとんどだ。


 去年とは違う教室、違うクラスメイト。

 ……それでも、俺の隣には里宮がいた。相変わらず眠そうに目元を擦る里宮を見て、思わず笑う。


「ん?」


 不思議そうに首を傾げてこっちを向いた里宮に、「なんでもないよ」と誤魔化す。そんなやりとりをしていると、「里宮寝そう!」という声が飛んできて、俺達はほぼ同時に振り返った。

 机の上に座って足をぷらぷらさせながら笑ったのは長野だった。体の揺れに合わせて、結ばれたちょんまげがぴょこぴょこと跳ねる。


「……騒がしくなるな」


 里宮が無表情のまま言ったのを聞いて、長野は「ひど!」と喚いて笑う。


「賑やかになって良いじゃん。な、長野!」


 軽く背中を叩いて笑うと、長野は「おう!」と嬉しそうな顔をした。同じクラスになれた上に席まで近くて、俺は内心浮かれていた。そんな俺の心情を察したのか、里宮は呆れたように肩を上下させて笑った。その雰囲気はいつもより柔らかい。里宮も、本当は嬉しくて堪らないのだろう。


「何の話?」


 不意に聞こえた声に目を向けると、そこに立っていたのは川谷だった。


「長野がうるさいって話」


 悪戯な顔をしてそんなことを言う里宮に、長野が「どんどんひどくなってる……!」とおどけてみせる。「なんだそれ」と笑った川谷は見るからに楽しそうだった。


「係おつかれ。教科書重かっただろ」


 言うと、川谷は顔をしかめて大きく頷いた。

 新学期が始まるなり学級委員に任命された川谷は、毎日何かと忙しそうだった。まぁ、教科書運びという雑用じみた仕事でも文句ひとつ言わずにやってのける所が、先生達に信頼されたりするのだろうが。川谷の優しさを考えると、他クラスの分まで引き受けてしまっているのではないかと、少し心配になる。


「教科書だけじゃなくて、大学のパンフレットとか大量に配られるよ。まじで大量」


 両手を広げて量の多さを表現する川谷に、「まじか!」と思わず笑う。長野は目を丸くして「えげつねぇな!」と大声を上げ、里宮はあからさまに眉根を寄せて「めんどくさ」と吐き捨てていた。


 大量に配布物があるだろうな、とは予想していたが、そこまでとは思っていなかった。鞄に入り切るか……? と少しだけ不安になる。

 その時、ガラッと音を立てて教室のドアが開いた。


「あっつ」


 ブレザーを手に持ち、セーターをパタパタと仰いで顔をしかめたのは五十嵐だった。反射的に腕時計を確認すると、時刻は8時15分、本鈴の5分前だった。


「珍しいな、こんなギリギリなの」


 言うと、五十嵐は不機嫌そうに言った。


「電車遅れて、バス逃して。駅から走って来た」


「まじか! お疲れ!」


 長野の声に、五十嵐は「ほんとだよ」と大きなため息を吐いた。


「なんだ、ブレザー着てないから寝坊でもしたのかと思った」


 そんなことを言う里宮に、五十嵐は「ちげぇよ」と顔をしかめた。


「てか、ドアの横に大量のダンボールあったんだけど何事?」


「あぁ、あれは川谷が運んで来たんだよ」


 俺が答えると、川谷は大きく頷いて「教科書とか大学のパンフレットとか、色々」と付け足した。


「まじか。めんどくせ」


 吐き捨てるように言った五十嵐に、長野がすかさず「里宮と同じこと言ってる〜!」と言って楽しそうに笑った。


 俺達はこの3年A組で全員同じクラスになっていた。

 まさか全員同じとは思っていなかったからクラス発表の日はこれ以上ないくらいに驚いた。それと同時に嬉しかったことも覚えている。皆同じように目を丸くして、ガッツポーズを作って喜んでいた。


 また1年の頃みたいに同じ教室で笑い合うことができる。

 そう考えると、これからの生活が楽しみで仕方なかった。

 その時、教室中にチャイムの音が鳴り響いた。長野は机から下り、川谷と五十嵐はそれぞれの席に戻って行く。

 クラスメイトたちも少しずつばらけていった。


 やがて、廊下から響く足音が大きくなっていく。

 ガラッと教室のドアを開けたその人は、一直線に教卓の前に向かって行った。

 コツコツと、ヒール特有の足音を響かせて。


「起立」


 凛とした声で号令をかけ、黒い眼鏡の位置を直す。

 俺たち3年A組の担任になったのは、国語教師の“ツノ”こと、辻野美桜だった。

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