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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
164/203

163. この陽だまりに餞を

何をしていても“最後”が付く年。

その度痛感させられる別れを思い、“最後”の部活を思い浮かべる。引退の日は卒業の日よりずっと早い。

そんな“最後”をずっと見ていて、ふと気づく。

俺たちよりずっと先に“最後”を迎える人達のことを。この場所から旅立ち、新しい未来へ行ってしまう人達のことを。


優しい光が辺りに降り注ぐ。頬を撫でる風はすっかり暖かい。

冬休みが終わり、流れるように日々が過ぎて行った。

一層強い風に吹かれて花びらが飛んでいく。花と陽を混ぜたような春の匂いが鼻腔をくすぐる。


……今日は良い卒業式日和だ。




* * *




1年前、この場所で泣いていた先輩達を思い出す。

当時は正直驚いていたが、今となっては先輩達の気持ちが痛いほど分かる。それどころか、自分も涙を堪えられるか危うかった。そんなことを考え、ハッとして気合を入れ直す。


今日はなんとしてでも、笑顔で感謝を伝えて、キャプテンとしてしっかり先輩達を送り出すんだ。


「高津」


名前を呼ばれて反射的に振り返ると、そこには珍しくきちんとブレザーを着た里宮が立っていた。


「何してんの。もう来るよ」


“来る”というのは、きっと先輩達のことだろう。

体育館での式を終え、一度退場した先輩達は教室で最後のホームルームを行なっているらしかった。そしてその後、それぞれが校庭に集まって最後のお別れや写真撮影をする。

毎年恒例の流れなので去年と同じではあるのだが、上級生となると準備するものも多く最近はそれなりに忙しかった。

……でも。


「高津!」


「あぁ、悪い! 今行く!」


部員全員の想いが詰まった花束もメッセージボールも、喜んでもらえたらいいな。


小走りに皆の所まで戻って行くと、「キャプテンがふらふらしてんなよ」という里宮の声が飛んできた。


「すみません……」


肩をすくめて謝ると、隣から五十嵐が「怒られてやんの」と馬鹿にしたように笑った。「うっせ」と返し小さく笑っていると、後ろから川谷が「あ」と声を零した。


「どうした?」


「先輩達来たかも」


その言葉を聞くや否や、長野が「本当だ!」と目を輝かせて地面を蹴った。


「あっ、おい!」


慌てて声をかけるも、長野の耳には届いていないらしく走り出した足は止まらなかった。ついさっきまで目の前にあった背中はどんどん離れて行く。


「あーあ」


他人事のように呟く五十嵐に「お前も止めろよ」と呆れ声で言う。五十嵐はこっちに目を向けて悪戯に笑った。


「あいつがそんなんで止まるわけないだろ」


それを聞いて、思わずふっと吹き出して笑う。


「それもそうだな」


そんなこんなで、尻尾を振る犬のように跳ねる長野と共に先輩達が少しずつこちらに向かって来た。

懐かしく感じる笑い声が耳に届く。正直既に泣きそうだった。


「高津」


俺の名前を呼んで軽く片手を上げた坂上先輩の姿が滲む。

その時、バシッと誰かが俺の背中を叩いた。驚いて振り返ると、そこには息を切らした鷹が立っていた。

体育館の後片付けを任されていた鷹は、もしかしたら先輩の見送りに間に合わないかも知れないと言っていたが、なんとか間に合ったらしい。


「なに泣きそうになってんだよ。キャプテンだろ」


耳元でそう言われ、俺は大きく頷いた。

そうだ。俺は雷校バスケ部のキャプテンだ。

先輩達に情けない姿は見せられない。


「先輩方、ご卒業おめでとうございます」


噛み締めるように言うと、在校生の部員たちが「おめでとうございます!」と続いた。


「ありがとな。皆のおかげでめちゃくちゃ楽しい部活生活だったよ」


そう言って笑った坂上先輩の瞳が、陽の光を受けてキラリと光る。鼻先がツンとする感覚を無視して、俺はぐっと拳を握った。


「俺たちの方こそ、先輩方のおかげでいつも楽しかったです。アドバイスや励ましも、沢山、ありがとうございました。……引退してからも、お世話になりました」


『行ってこい、高津。きっとみんな、キャプテンのこと待ってるよ』


あの時、先輩の言葉に、俺がどれだけ救われたか。

……先輩は知らないんだろうな。


「……今まで、本当にありがとうございました!」


勢いよく頭を下げた瞬間、入部した頃から先輩達と過ごして来た日々が頭の中を駆け巡っていく。部活が終わった後でも個人練習に付き合ってくれた雨宮先輩。いつも場の空気を盛り上げてくれた三神先輩。1人1人に向き合う一方で、チーム全体をまとめてくれた坂上先輩。


もちろん注意されたこともあったけど、そのおかげで俺たちは成長することができた。今まで最高の試合ができていたのは、先輩達のおかげなんだ。

ゆっくりと顔を上げると、先輩達はボロボロ泣いていて、俺は思わず笑ってしまった。


「笑うなよ高津〜。お前も来年こうなるんだからな〜!」


泣きながら俺の肩に腕を回した三神先輩に、「気が早いですよ!」と笑う。一方隣にいた里宮は「だっさ」と鼻で笑っていた。相変わらずの態度に思わず苦笑する。


「だから! お前らも来年だっさくなんだよ! それでいんだよ!」


もぉ〜と喚きながら泣く三神先輩に、他の先輩達も声をあげて笑っていた。


「頑張れよ、キャプテン!」


涙を拭ってそう言った坂上先輩が拳を差し出す。俺はそこに自分の拳を軽く当てて大きく頷いた。


「先輩も、大学でいっぱい活躍してくださいね!」


言うと、先輩は「おう!」と応えて笑った。楽しみで仕方ない、という言葉が透けて見えるような笑顔だった。

坂上先輩が大学でもバスケを続けると聞いた時の感動を、俺は今も覚えている。

きっと皆も、先輩にバスケを続けて欲しいと思っていたに違いない。


「インターハイ観に行くからな!」


そう言って歯を見せる先輩に、「だから気が早いですって!」と声を上げる。そんなやりとりに、皆も面白可笑しく笑っていた。

笑い声で満たされた空間の中心に立ちながら、青く晴れた空を見上げる。



春特有の柔らかい空気が、俺たちを優しく包み込んでいた。

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