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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
162/203

161. 視界不良の約束 前編

「……え?」


出かける準備をしていた手を止め、送られてきた文章を何度も読み返す。そうしているうちに、居ても立ってもいられない気持ちが込み上げてくる。


“家行っても大丈夫?”


打ち込んだ文章を送り、返信が来るのも待たないまま、川谷健治は家を飛び出した。




* * *




「ごめんね、健治くん……」


消え入りそうな声で、ベッドに横たわる香澄が言った。


「なんで謝るの」


小さく笑いながらそう答えると、香澄は何か言いたげに潤んだ瞳をこちらに向けた。


12月30日。

香澄の誕生日である今日、俺たちはデートの約束をしていた。そわそわしながら忘れ物がないか確認していた時、香澄から一件のLINEが届いた。それは、熱を出してしまいデートに行けなくなったという内容だった。慌てて家に駆けつけると、そこで出くわしたのは香澄の母だった。


「……健治くん? ごめんね。香澄、熱出しちゃって……」


「いえ、その……心配で、勝手に来ちゃいました。すみません」


アポなしで来たというのに、香澄の母は嬉しそうに顔を綻ばせて家にあげてくれた。


「私用事があって、もう家出ないといけないの。健治くん、迷惑じゃなかったら香澄のこと頼んでもいい?」


「はい! もちろんです!」


大きな声で言うと、香澄の母は「ありがとう」と微笑んで家を出て行った。

そんなこんなで香澄の部屋にお邪魔し、今に至る。

熱で涙腺が弱くなっているのか、香澄は今にも泣きそうな顔をしていた。


「行けなくなっちゃってごめんね……。いっぱい、調べてくれてたのに……」


自分を責めるようにそう言った香澄に、そのことか、と納得する。


「そんなのいいんだよ。鎌倉なんていつでも行けるじゃん。……あ、そうだ! 春休みに行こうよ。その方が暖かくて良さそうだし」


なるべく明るい声で言うと、香澄は柔らかく微笑んで「ありがとう」と小さく言った。その笑顔を見てほっとする。

香澄の家に向かう途中、我に帰って人気カフェの予約をキャンセルしておいて良かった。ここでそんな電話をかけたら、いよいよ泣き出してしまったかも知れない。


そんなことを考えていると、横になっていた香澄が軽く咳き込んだ。「大丈夫?」と声をかけると、香澄は小さく頷いた。


「昨日は、なんともなかったのになぁ」


再び申し訳なさそうな顔をする香澄に、目を細めて微笑む。少し癖のついた髪に触れると、香澄は不思議そうに俺の顔を見上げた。


「……俺は、香澄に会えるだけで嬉しいんだよ」


どこに行っても、何をしても、結局は隣に香澄がいるから楽しいんだ。デートの思い出は、これからいくらでも積み重ねていけば良い。そんなことを思っていると、香澄はふっと頬を緩めて「私も」と小さく言った。


しばらくサラサラの髪を撫でていると、うとうとしてきたのか香澄は目を開けたり閉じたりしていた。その姿に思わず笑みが零れる。


「寝てていいよ」


言うと、香澄は「でも……」と口篭った。


「なに?」


「健治くん、ひまになっちゃうでしょ?」


遠慮がちにそう言った香澄に、「そんなこと」と言いかけて止まる。確かに、何も考えずに家を飛び出してきたから時間を潰すようなアイテムは何も持っていなかった。本もなければ勉強道具もない。


「……じゃあ、香澄の寝顔見てようかな」


悪戯に言うと、香澄は毛布で口元を隠して眉根を寄せた。


「恥ずかしいからやだ」


「あはは」


思わず笑うと、香澄も可笑しそうに声を上げて笑った。連絡が来た時はびっくりしたけど、思ったより元気そうで安心した。


「大丈夫だよ。少し寝た方が楽になると思うし。俺ここにいるから、何かあったら言って」


「……ありがとう」


微笑んでそう言った香澄は、「いつも」と続けた。

髪に触れていた俺の手を取り、抱きしめる。いつもより高い体温が伝わって、心臓の鼓動が早くなる。


「……ずっと、一緒にいてね」


涙混じりの声が聞こえて、俺は香澄の手を握り返した。


「大丈夫だよ」


囁くように言うと、香澄はそのまま目を閉じた。しばらくそうしていると、静かな寝息が聞こえてきた。

熱く、少し汗ばんだ手はしっかりと繋がれていた。

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