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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
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159. 愛しい欠如 前編

「明日って、大雪でも降るんだっけ……?」


教卓の前に立つ教師が、目をまん丸くして言う。


「いや、雹かもしんない……」


「ワンチャン嵐だろ……」


口々に言う生徒たちの声を聞き、自習していた長野 竜一はわなわなと身体を震わせていた。




* * *




「失礼すぎじゃね!? さすがに!」


午前中にあった補習での出来事を愚痴っていると、隣に座っていたトラが「明日は晴れだぞ」と的外れなことを言った。


「や、そゆことじゃなくて……」


なんだか怒っていた自分が馬鹿に思えて、小さく息を吐く。

冬休み初日、案の定俺は補習に呼ばれていた。

出された課題が終わったら自習、という流れに従っただけなのに……酷い言われようだった。


まぁ、今までまともに自習なんてしていなかったし、みんなの反応も分からなくはないけど。

そんなこんなで補習が終わり、俺は初めてトラの家にお邪魔していた。というのも、トラの家がラーメン屋を営んでいるというのを聞いて、居ても立ってもいられなくなったのだ。


当たり前だけど、今目の前でラーメンを作ってくれているのはトラの父親だ。トラよりずっとギラついた目に、腕を埋め尽くしているタトゥー。

正直びびったが、トラが俺を“友達”だと紹介すると、トラの父は目を丸くして持っていたおたまを派手に落としていた。

そんな姿を見て、俺はなんだかほっとした。

この人も、トラと同じで優しい人なんだろうな、と思う。


「あ、年明けてすぐ降るらしい」


スマホを操作しながらそんなことを言うトラに、ズレてんだよなぁ、と思わず笑う。


「俺チャリ通だからなぁ〜。冬休み中だったら積もって欲しいけど学校始まってからは降んないで欲しいな〜」


「俺もバス止まる」


そんな会話をしていると、「あいよ」という低い声と共に、目の前のカウンターに大きな醤油ラーメンが乗せられた。


「あっ、りがとうございます!」


緊張しながらもお礼を言うと、いかつい目がほんの少し細められた気がした。続いて、トラの味噌ラーメンがドンッと置かれる。


「……さっさと食えよ」


その低い声に、ぴしっと背筋が凍る。息子には当たり強いんだな……。トラはめんどくさそうに「わあってるよ」と答えてそのままラーメンを啜り始めた。割り箸を折って、俺もそれに倣う。

こしのある麺を口に入れた瞬間、びっくりするくらいの旨みが口に広がった。






「めっっちゃうまかった!」


膨れた腹を摩りながら言うと、トラは「そらよかった」と嬉しそうに笑った。ラーメンを食べ終えると、店の奥に続く廊下を通り、トラの部屋に案内してもらった。それもトラの父が提案してくれたことだった。


「今まで食べたラーメンの中でダントツ旨かったです! お会計お願いします!」


「……虎之介、そこの通路使え。部屋散らかってねぇだろうな」


「あぁ」


「……え? えっ……とあの、とりあえずお金……」


行き場をなくした手をわたわたと動かしていると、「いらねぇよ」という声が飛んできた。


「いやいや! こんな旨いラーメンタダ食いできないっすよ!」


慌てて言うと、トラの父は今度こそ確かな笑顔になって言った。


「”タダ“じゃねぇよ。虎之介の奢りだ」


ニヤッといたずらな笑みを浮かべた父に、トラは「どっちも同じだろ」と呆れていた。聞くと、休みの日はトラも店を手伝ってバイト代をもらっているらしかった。つまり俺の腹に収められたラーメンの代価はトラの労働によって払われるということだ。ごちになります!


そんなこんなで絶品ラーメンをタダ食いし、トラの部屋でくつろいでいると、ぽつりとトラが言った。


「悪いな、茶くらいしかなくて」


「いやいや、ラーメン奢ってもらっちゃったし。俺ん家だってお茶しかねぇよ」


笑いながらそう言って、お茶すらないかも知れないな、と思い直す。トラの部屋なのに、どうしてかトラの方がそわそわしていた。


「トラ、なんか緊張してる?」


悪戯に笑って言うと、トラはぐっと言葉に詰まって目を逸らした。


「仕方ねぇだろ。家に人呼んだことなんかねぇし」


そう言って頭を掻くトラに、ふと違和感を覚える。

それは、俺がトラと仲良くなるにつれ大きくなっていった疑問だった。


「……トラってさ、なんで”不良“だと思われてんの?」


トラと知り合ってからも、もちろんそれ以前も、トラが何か問題を起こしたなんて話は一度も聞いたことがなかった。成績だって普通に良いし、学校をサボっているわけでもない。

第一、トラはすごく優しい。まぁ、確かにガタイは良いし目つきはキリッとしてるから近寄り難いのも分かるけど……。


話したこともないのに、みんなは一体何を根拠にそんなデタラメを信じているんだろう。

ずっと考えていたモヤモヤをそのまま口にすると、トラは不思議そうな顔をしたまま黙り込んでいた。俺の言ったことがよく分かっていないらしい。


「だって、トラ全然怖くないし、むしろ優しいし。どこにも不良要素なくね?」


「……怖いかどうかは知らねぇけど、優しくはねぇよ」


そう言ったトラは真顔で、むしろ大丈夫かこいつ、みたいな目で俺を見てきた。……無自覚なんだな。


「いや、優しいし。問題とか起こしたことねぇじゃん。それなのに不良呼ばわりされてんの、変っていうか。なんでだろーなーと思って」


正直、友達が誤解されて悪く思われているのはあまり良い気がしない。というか、悪い気しかしない。

唇を尖らせていると、トラは至って真面目な顔をして、「不良ではあるぞ」とすっとんきょうなことを言った。

思わず「へ?」と間抜けな声が漏れる。


「まぁ、なりたくてなったわけじゃねぇけど……ってのは言い訳か」


ガシガシと頭を掻いたトラは、深いため息を吐いて話を続けた。


「初めから決まってたようなもんだったんだよ。”不良の弟は不良“ってな」


そう言ったトラに、思わず「トラって兄弟いたの!?」と口を挟むと、トラは「そんな驚くことでもねぇだろ」と笑った。


「兄貴がいんだよ。2コ上に」


それを聞いて、俺は頭の中でトラの兄を想像した。

鋭い目。低めの声。ガタイの良い身体。トラより背が高くて少し大人びてて、中身は優しくて……。そこまで考えた時、トラの言葉を思い出した。


「……兄ちゃん、不良だったの?」


聞くと、トラはあからさまに顔をしかめて、「不良っつーより、クズだな」と吐き捨てるように言った。


「おお……。トラは、兄ちゃんのこと嫌いなの?」


脳裏に、充の笑顔が浮かぶ。


「あたりまえだろ」


そう言ったトラの目は憎しみの色に染まっていた。


「“嫌い”なんてもんじゃねぇよ。思い出すだけで吐き気がする。あんなやつ、人間じゃねぇよ。……でも」


一度言葉を切ったトラは、小さく息を吐いて片手で顔を覆った。


「周りからしたら、俺も同じだった。小中と、入学する前から俺の存在は知られてた。兄貴と……あのクズと同じ、“不良”だってな」


その声が、少し震えていた。トラは固く拳を握り、歯を食いしばって怒りに耐えていた。そんなトラを見て、俺は唇を結んで耳を傾けていた。



そこには、俺の知らないトラの姿があった。

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