16. 奇跡
試合の様子は、昨日とはまるで違っていた。
なんと言っても、関東大会優勝を決めたこともある強豪校。今まで戦ってきた相手とは格が違う。
背の高さも尋常じゃなかった。
それは、豊玉の選手が二人で里宮のディフェンスについた時に気がついた。
背の低い里宮は、上をおさえられ下からパスすることしかできない。
豊玉が試合を動かしていると言っても過言ではなかった。
ゴールを守ることで精一杯で豊玉からボールを奪う余裕もない。俺は思わず悔しげに拳を握りしめていた。
豊玉の選手の前に、坂上先輩が立ちはだかる。
すると突然、すぐ隣で大声が上がった。
「雷門、いけぇぇぇぇ!!」
両手をメガホンの形にして叫んだのはちょんまげ頭の長野だった。
「長野……」
俺の、小さく呆然とした声がかき消される。
それにつられるようにして、五十嵐や川谷、他の一年生たちも大声で声援を送る。
「「行け行け雷門!!」」
「「押せ押せ雷門!!」」
気づくと、客席からも声が聞こえてきていた。
見学に来ていた保護者。
休みの日にわざわざ応援に駆けつけてくれた雷校の生徒たち。
「「行け行け雷門!!」」
「「雷門、燃えろ燃えろ!!」」
会場中に響く声援。
みんなが真剣な表情で声を張り上げている。
俺は激しく脈を打つ心臓を抑えた。
その時、五十嵐が声を上げた。
「あと30秒ー!」
点差は78–80。
俺は無意識に両手を組んでいた。
すると、『ワァァッ』っと客席から大きな歓声が上がった。
ベンチの中から、「雷門ボールだ!」という声が上がる。
次の瞬間、『キュッ』という、床を蹴る音が確かに聞こえた気がした。
周りの声援も聞こえなくなるほど、コートに意識が集中する。
その瞬間が、映像のようにスローモーションで捉えられた。
豊玉の選手はハッと息を呑む。
残り時間は5秒。
まさか、あんな外からー。
“3ポイント……!”
『スパッ』
『ビーッ』
「そこまで! 81–80!」
ブザーが鳴ると、客席から大きな歓声が上がった。
俺は思わず立ち上がっていた。
コートに入っていた先輩たちはまだ呆然としている。
「勝った……?」
得点板には、しっかり『81–80』と表示されていた。
「……か……っ勝ったぁぁぁぁ!!」
「よっしゃぁぁー!!」
コートから喜びの声が聞こえてくると、ベンチにいた俺たちも飛び跳ねて喜んだ。
奇跡だと思った。
あんなに程遠い存在だと思っていた豊玉に、まさか勝つことができるなんて。
「里宮、ナイッシュー!」
坂上先輩が満面の笑みで里宮の頭を豪快に撫でているのが見える。
相変わらずの無表情でされるがままだった里宮は俺の視線に気がつくと、そのままの状態で俺に向かってピースをした。
それを見て、俺は歯を見せて笑っていた。
* * *
『ガチャッ』
「お帰り、睡蓮。試合はどうだった?」
「勝った」
「そうか! おめでとう! ほら、母さんにも報告しなさい」
里宮は小さく頷いて仏壇の前に座った。
……母さん、勝ったよ。明日は学校を休んで試合に行ってくる。応援しててね。
『お疲れ様、睡蓮。明日も頑張って』
「……」
「……睡蓮、今日は疲れただろうから早めに寝なさい」
「……うん。おやすみ」
『カラカラ……タン』
「百合。睡蓮はもう、高校生になったよ。
……百合にも、バスケしてる睡蓮を一目見て欲しかったなーー……」