157. 星空イルミネーション 前編
星の中にいるみたい。
ふと零れた言葉が白い息に溶けていく。手を差し出すと、彼女は笑って迷わずその手を取った。小さな彼女の手を引き、五十嵐修止は色とりどりに輝く星の中へと歩いて行った。
* * *
12月25日。それはいつもなんとなしに過ぎていた日だった。冬休みに入り、本格的な寒さを感じるようになると、優花は毎年体調を崩していた。そしてクリスマスというイベントがやってくる頃には、優花は入院するようになる。
そんなことが毎年続き、家では一切祝いじみたことはしなくなった。特別なご馳走を食べたり“サンタさん”が来たりすることもない代わりに、それぞれプレゼントを用意して病院に行くのがクリスマスの我が家の恒例だった。
……でも、今年は違う。
「お兄ちゃん、もう行くの?」
振り返ると、そこには私服姿の優花が立っていた。
去年のクリスマスプレゼントに俺が渡したカーディガンを羽織っている。未だに慣れないのだが、優花は10月あたりに退院することが出来ていた。冬の寒さにも負けず、授業は受けられていないがたまに学校へ行って友達と話したりも出来ているみたいだ。
医者によると年齢を重ねるごとに体力がついて症状も落ち着いてきたのではないか、ということだった。完治とまではいかないが、いずれ入院することも少なくなっていくだろう、と。それを聞いた優花は今までに見たこともないくらい明るい顔をしていた。
話を聞いた両親は涙ぐんでいて、正直俺も少し泣きそうだった。そんな中、入院中にも関わらず嬉しさのあまり飛び回っていた優花は“無理はしないように”と医者から釘を刺されて素直に反省していた。しょんぼりとした優花の顔を思い出し、思わず小さな笑いが漏れる。
「お兄ちゃん?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる優花に、「いや、なんでもない」と小さく手を振って誤魔化す。
「ちょっと早めに行こうと思って」
「そっか。楽しんできてね、舞ちゃんとのイルミネーションデート♡」
茶化すように言ってくる優花に、言い返してやろうかとも思ったがとりあえず素直に頷いておく。
「……何か買ってくるから」
「えぇ、そんなのいいのに」
困ったように笑った優花が、突然「あ!」と思い出したように声を上げる。何かと思い振り返ると、優花は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「舞ちゃんとのラブラブ話聞かせてくれれば、それでいいよ?」
あからさまに揶揄ってくる優花に、「なんだそれ」と思わず笑う。靴紐を結び直して立ち上がると、優花は俺の鞄を渡しながら柔らかく目を細めた。
「いってらっしゃい」
「……行ってきます」
笑顔で応え、手を振る優花に見送られながら、俺は高橋と待ち合わせている駅へと向かって行った。
* * *
「あ、五十嵐くん!」
待ち合わせの駅に降り、目印にしていた大きなクリスマスツリーまで歩いて行くと、明るい声が届くと同時に大きく手を振る高橋の姿が見えた。
「悪い。早めに出たつもりだったんだけど」
小走りに駆け寄って言うと、高橋は「大丈夫だよ!」と顔の前で手を振って笑った。
「私が、待ち切れなくて早く来すぎちゃったんだ」
そう言って赤く染まった頬に手をあてると、高橋は照れくさそうに笑った。
「……そっか」
なんだかこっちまで恥ずかしくなって、緩んだ顔を見られないように目を逸らす。結局待ち合わせの時間より30分ほど早く合流してしまった。
まぁ、その分長く過ごせる訳だし結果オーライか。
自然と互いの視線が重なり、どちらからともなく手を繋ぐ。いつの間にかスムーズになった動作に、幸せなことだな、と思う。改めて隣を歩く高橋の横顔に目を向けると、右側の髪が細かく編み込まれているのに気付いた。
「それ自分でやったの?」
なんとなく聞いてみると、高橋は「え?」ときょとんとした顔をした。それがなんだか可笑しくて、思わず小さく笑ってしまう。
「髪、結んでる」
「あぁ、うん。ネットで見て……」
「へぇ、すごいな」
よくここまで綺麗にできるな。少しも崩れていない編み込みを見て、俺はすっかり感心していた。
「可愛いな〜と思ってやってみたんだけど……どうかな?」
そう言って控えめに顔を覗き込んでくる高橋に、驚いた時のようにひとつ心臓が跳ねる。直後、じわじわと頬が熱くなっていくのを感じた。
「……良い、と、思う」
心外にも曖昧な言い方になってしまい、自分で自分にドン引きした。そんな俺の心情には気付きもせず、高橋は「ほんと?」と嬉しそうにはしゃいでいた。
その無垢な笑顔を見て、なんだか悔しい気持ちになる。
綺麗に結ばれた髪にそっと触れると、高橋はぱっと顔を上げた。
「これ、気に入ったからまたやってよ」
そう言って目を細めると、今度は高橋が赤くなる番だった。
「……五十嵐くんって、たまにいじわるだよね」
ぼそぼそとそう言って顔を隠す高橋に、「そう?」ととぼけてみせる。いつもは見えない耳が編み込みのおかげで丸見えだった。……赤くなった耳が。
全然隠せてないよ、と言おうと思ったが、可愛いのでそのままにしておく。顔を覆ったままの高橋が小さく「ずるいよ」と言ったのを聞いて、俺は素知らぬ顔で笑った。
高橋の方がずるいよ、と心の中で呟く。
まぁ、今日くらいは“彼氏”としてクールを気取ったって良いだろう。そんなことを考えながら、まずは大きなショッピングモールへと向かう。
まだデートは始まったばかりなのに、高橋の笑顔を見ただけで既に大きな思い出が出来た気分だった。