152. 今だからこそ出来ること
「ちょっと阜〜、なんで白校のマネが雷校のエース応援してんの!」
「いいじゃん! 今は敵じゃないんだし、蓮は特別で……あぁ! 取られた!」
「全く……。ま、応援したい気持ちも分かるけどさ。……そんな堂々と言えるのは正直羨ましいかな」
「えっ? ごめん桃、なんか言った!?」
「べつに〜」
……頑張ってね、高津くん。
* * *
会場は12月とは思えないほどの熱気に包まれていた。
寺島との試合の後も雷校は順調に勝ち進み、次の試合に勝てば準決勝、という所までやってきていた。
汗を拭きながら控え室に戻ると、部員たちは緊張が解けたのか一斉にベンチに倒れ込んだ。
「きっつー!」
長野が息を切らしながら喚く。それに釣られるように後輩たちも全身の力を抜いてリラックスしていた。汗だくの五十嵐はスポーツドリンクをがぶ飲みし、川谷は鷹にテーピングを直してもらっている。
次の試合の相手校はまだ決まっていないが、今までとは比べものにならないほど強いのは明らかだ。
勝ち進むにつれて、相手校の実力も高くなっていく。
緊張を落ち着けるようにひとつため息を吐くと、隣に立っていた里宮の目元が赤いことに気が付いた。
「里宮、目赤い」
自分の目元を指さしながら言うと、里宮は「うそ」と素早く片手で目元を覆った。
「もう2時間くらい経ってんのに……」
大きなため息を吐いてそう言った里宮に「ははは」と苦笑する。ふと思い立ってバッグの中を漁ると、まだ固い保冷剤が指先に触れた。それを未使用の小さなタオルにくるんで、里宮に差し出す。
「使う?」
言うと、里宮は顔を上げて保冷剤を受け取った。
「ありがと」
そう言うなり保冷剤を目元に押し当てた里宮を見て、よっぽど嫌なんだな、と思わず小さく笑った。
寺島との試合後、ベンチに戻ると里宮が泣いていた。
正直、驚いた。里宮が人前で泣いているのを初めて見た。
きっと、それくらい不安だったんだろう。
怖かったんだろう。
そう思うと痛いくらいに胸が締め付けられて、俺は里宮の背を摩った。
『ありがとうっ!』
あんな風に、満面の笑みを皆に見せることも珍しかった。
……かわいかったな。
ふとそんなことを思い、顔が熱くなっていくのを感じた。
チラッと横目で里宮の方を確認すると、里宮はまだ保冷剤を目元に押し当てていて、五十嵐に「眼球凍りそう」と苦い顔をされていた。
見られなくてよかった。と、そんなことを考えながら息を吐いて顔を仰ぐ。
そうこうしているうちに、再び雷校の出番がやってきた。
このまま勝ち進むか、ここで終わるか。
この試合に負けたら、これが俺たちにとってウィンターカップ予選最後の試合になり、ウィンターカップに出場することは出来なくなる。
……そしてもし、今日試合が終われば、俺たちが次に出る試合は引退試合だ。
ぐっと拳を握りしめて気合いを入れる。
……俺たちは、必ず勝ち進んでみせる。
* * *
「よしっ」
試合が始まる直前、里宮がベンチの奥に立てた物を見て俺は首を傾げた。
「三脚?」
言うと、里宮は小さく頷いてなにやら三脚にビデオカメラを取り付け始めた。
「ベンチにいる時でも、何か皆の力になれないかと思って」
「へぇ……」
よく見るとそれは我が家にあるものとは比べ物にならないほど高級そうで、素人でもその迫力に気圧されてしまうような……。
まぁ、いわゆる“ガチのやつ”だった。
「プロみたいだな」
さすが里宮、といった感じで言うと、里宮は「だってプロのやつ借りたんだもん」と当たり前のように言った。
「どゆこと?」
「父さんの会社のカメラマンから借りた」
「すげーな……」
今更ながら里宮が“社長令嬢”だったことを思い出し感心していると、「里宮、俺の仕事奪うなよ〜」と鷹が駄々をこねる子どものような声で言った。
「黒沢もともとビデオとか撮ってなかったじゃん」
里宮が無表情のまま言うと、鷹は「だからだよ!」と喚いた。
「俺はバスケなんてやったことねぇし、そんなの思いつかなかったんだよ! だから悔しいんだろ! これでも色々調べてんのに……」
段々と声は尻すぼみになり、肩を落とした鷹に里宮はビデオカメラを起動させながら言った。
「じゃ、私がベンチからいなくなったら頼むわ」
なんでもないことのように言った里宮の言葉に、一瞬その場の空気が揺らぐ。俺と鷹は思わず目を見合わせて、互いにニカッと笑った。鷹が「任せとけ!」とガッツポーズを作り、顔を上げた里宮は満足そうに頬を緩めていた。
「早くいなくなれ〜」
続けてそんなことを言う鷹に、「言い方悪いな」とツッコミを入れて苦笑する。まぁ、ベンチからいなくなるってことは当たり前に試合に出れるってことだからな。
皆が望んでいることだ。
部員全員が、“その日”を待ち侘びている。
里宮が、ベンチから立ち上がってくれる日を。
真剣な表情でビデオカメラを覗き込んでいる里宮に目を向ける。先程まで赤くなっていた目元はすっかり元の肌の色に戻っていた。
……本当なら今日も、里宮はいつもどおり試合に出ることが出来ていた。いつものように長く里宮が出てくれたなら、もっと良い試合が出来たかも知れない。
でも今は、例えそう思うことがあったとしても、振り返るわけにはいかない。
里宮のためにも、皆のためにも。
やがて集合の合図があり、チームメイトを引き連れてコートへ入る。
見覚えのある白いユニフォーム。
頭の中を駆け巡る、今まで幾度となく戦ってきた光景。
まさか、ここでぶつかることになるとは。
「これから、雷門対白都の試合を始めます!」
「「よろしくお願いします!」」




