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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
152/203

151. 皆のバスケ

ビーッとブザーの音が鳴り響き、試合が再開する。

つい先程まで見つめていたコートの中に自分がいる。遠く思っていたゴールが目の前にある。不思議な感覚だ。今まで感じていた緊張とはまた違う。ふぅっと息を吐き出し、震える足に力を込める。……行け。


篠原からパスされたボールを受け取り、迷わず走る。

寺島の選手の動きが遅くさえ見える。ボールが手に吸いつくような感覚。長い髪を揺らす風。

……大丈夫。少しずつだけど、思い出せてる。

大丈夫!


“ガンッ”


ゴールに向けて放ったボールは、リングに当たって明後日の方向に飛んでいく。

やっぱりまだ、シュートは思うように入らない。

……でも、もう、ここで諦めたりしない!


ぐっと足に力を込め、素早く方向転換しボールを持つ選手の行く手を阻む。

今までに何度も感じてきた緊張感。この一瞬で、相手が見ているルートを暴かなくては。

相手選手のシューズがキュッと音を立てる。それと同時に素早く身体を右に寄せる。


“ダンッ”とドリブルの音が聞こえたかと思うと、相手選手は瞬きする間もなく左へ方向を変えた。

クソ!

そう思った時にはもう、私の前には誰もいなくなっていた。


追いかけないと、そう思って振り返った瞬間、「里宮!」という声と共に勢いよくボールが飛んで来るのが見えた。

私はほぼ反射でそれを受け取る。顔を上げると、その先には高津が立っていた。


「走れ!」


力強い声が、信号となって私の脳に伝わる。

私はボールをついて一気に駆け出した。


さっきの選手から、高津は一瞬でボールを奪い返した。そのうえ、誰にも取られることなく私にパスを繋いだ。

1年前には練習試合すら出させてもらえない選手だったなんて信じられない。驚くほど成長した。高津も、篠原も、皆も。


……私も、今ここで成長するんだ。


聞き慣れたドリブルの音。何人目の前に現れようが関係なく突き進む。“キュッ”とシューズを鳴らし、完全に私のルートを塞いだ選手には目もくれず、後方にいる篠原にパスを回す。


少しドリブルをして走った先で、ふわりと軽やかにジャンプをし、篠原がシュートを決めた。


「ナイッシュー!」


ベンチからの応援の声も大きくなっていく。

恐らく、今は雷校が波に乗っている。会場の熱気もピークとなり、点差が開き出した寺島の焦りも煽られるだろう。

きっと皆が思っている。

……攻めるなら、今だ。


“ダンッ”


再び回ってきたボールをつき、ゴール下まで走って行く。

高く、広い幅でディフェンスをしてくる相手。ふぅっとひとつ息を吐いて、誰よりも低い体勢で素早くディフェンスを抜ける。

高さで勝てないなら誰よりも低く。

広さで勝てないなら誰よりも速く。

そうやっていつも、私はこの身体を生かして戦ってきた。


ゴールが近くなり、シュートを放とうとした瞬間、相手選手が私の手からボールを奪った。

もう少しだったのに……!

ぐっと拳を握りしめた瞬間、聞き慣れた声が頭上から発せられた。


「頑張れ、蓮!」


その声に、言葉に、今まで何度も救われてきた。

見なくたって分かる。あれは私の、大切な親友の声だ。

頬を伝う汗を素早く拭い、相手選手をマークする。


ボールを奪い返した高津が綺麗に3ポイントを決め、会場は一気に盛り上がった。

よし!

そう、心の中でガッツポーズをした瞬間だった。


“ガンッ”


一瞬、何が起きたのか分からなかった。

時間が止まったような気さえした。

私のすぐそばにいた相手選手が、思いきり、まるで振りかぶるように投げたボールは、一直線に寺島のゴールへ入って行った。


ピッと音が鳴り、得点板を見ると寺島の得点が3ポイント増えていた。やがて唖然としていた観客が状況を理解したのか、一気にどっと盛り上がる。

私の心臓も強く脈打ち始めていた。


あんなシュート、滅多に打てない。

誰もが圧倒されるほどの、超ロングシュートだ。

……まずい。


『こっからねばねば来るぞ!』


長野の言った通りだ。巻き返しが始まる!


「押されるな!」


全員に向けて大きな声をあげ、再び相手選手の前に飛び出す。しかし、両手を広げる間も無く相手選手は私の横をすり抜けて行った。明らかに前半の時とは速さが違う。

やっぱり体力温存していたんだ。


“バサッ”


続けて寺島が点を決める。やっと奪ったボールもすぐに奪い返される。ボールを取られるたび、ディフェンスを抜かれるたび、悔しさと焦りが募っていく。もどかしい。

いつもの私なら。

少し前の私なら追いつけた。


あの選手の動きを止めて、あの選手からボールを奪って、迷わずゴールを決める。少し前の私ならこなすことが出来た。

それも簡単に。

なのにどうして!


段々と動きが荒くなっていく。自分でも分かる。

落ち着け、と何度自分に言い聞かせても無駄だった。

頭では分かっているのに、身体が、心が、言うことを聞いてくれない。

得点板に目を向ける。56-70。


俯きかけた時、“ビーッ”とけたたましく第3クォーター終了のブザーが鳴り響いた。雷校に残された時間はあと10分。

ベンチに戻り、黒沢から受け取ったタオルに顔を埋める。


ここから逆転するのは難しい。寺島の選手はほとんど体力が残っている。それに比べて前半から出ている高津はボロボロだし、篠原もここで交代。どうすれば──……。


その時、誰かが私の肩にポンッと手を置いた。ゆるゆると顔を上げると、そこに立っていたのは五十嵐だった。


「任せとけ」


そう行った五十嵐は、いつもと変わらない様子で笑った。


『任せとけ、里宮!』


なぜだか、その姿がミニバス時代の五十嵐と重なる。

……そうだ。私だけじゃなかった。この場にいるのは。

戦っているのは、私だけじゃない。皆がいる。

私が本調子じゃなくたって、シュートが入らなくたって、仲間の誰かが入れてくれる。カバーしてくれる。

私だけのバスケじゃない。


『“私のバスケ”だけを貫いてきたんだ』


私のバスケは、皆のバスケだった。


“ビーッ”


会場中にブザーの音が響く。最後の10分が始まった。

汗だくになって、辛そうな顔をして。本当はもう、動けないくらい苦しいはずなのに。コートの中には走り続ける高津の姿があった。


『こーちゃん、俺、最後まで出たい』


息を切らしながらそう言った高津を思い出して、ぐっと拳に力を込める。寺島に押されてたって、押されっぱなしじゃない。雷校も点を入れている。……まだ、勝ち目はある。


“パサッ”


「五十嵐ナイスー!」


こっちにだって、体力温存してた選手がたくさんいる。


“スパッ”


「川谷、ナイッシュー!」


ついて行けてる。寺島の点数にも、あと少しで追いつく。

……追い抜ける。

刻一刻と過ぎていく時間。

私は瞬きするのも忘れて食い入るようにコートを見つめていた。寺島の選手から高津がボールを奪い取る。

私は思わず立ち上がっていた。


「っ高津! いけぇぇぇ!!」


声が枯れそうなほど大きな声で叫ぶ。ボールを持った高津がディフェンスを振り切ってシュートを放つ。

これが入れば3ポイント……!

ぎゅっと祈るように両手を組む。次の瞬間、パサッと軽い音を立てて見事に高津の打ったシュートが決まった。


「ナイッシュー!」


ベンチにいる皆が声を揃える。あ、と得点板に目を向けた瞬間、ビーッと試合終了のブザーが大きく鳴り響いた。

得点板には、“80-76”の数字が刻まれていた。

よっしゃ! と叫びたいのを我慢していると、コート内の高津と目が合った。


私が何かするより先に、高津は満面の笑みを浮かべてピースサインを向けてきた。その笑顔が眩しくて、なぜだか涙が溢れてくる。

今まで、嬉しくて泣いたことなんてなかった。

ひとつひとつの試合でこんなに感動したことはなかった。


まるで今まで堪えていたものが溢れ出したみたいに、私はタオルに顔を押し付けて、声を上げて泣いた。


本調子じゃなくたって、私、ちゃんと戦えたよね。

皆が支えてくれたから、私、ちゃんと出来たよね。

……ありがとう。


『行ってこい!』


ありがとう。


『大丈夫だ!』


ありがとう。


『任せとけ』


ありがとう。


「……里宮、応援ありがとな」


優しい声。熱く、少し汗ばんだ手が慰めるように私の背を摩る。


「……っもう、こっちの、セリフ……!」


高津が、皆が、安心させてくれた。

教えてくれた。“皆のバスケ”を。


「ありがとうっ!」


涙を拭って顔を上げ、笑顔で言うと、皆も私と同じ泣きそうな目をしていて、皆は顔を見合わせて笑った。

中でも一番泣いていたこーちゃんを皆で慰め、あぁ私、本当にバスケが好きだなって。

一緒にバスケしてる仲間が大好きだなって、心の底から思っていた。

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