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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
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149. 信頼は相互に

『お疲れ様。すごいかっこよかったよ。……さすが、私の自慢の彼氏だね』


「ただいま〜。みんなの飲み物買ってきたよ〜。あれ、どしたの? そんなとこで」


「あぁ、ありがと。さっきまで後輩と話してたんだよ」


「ふぅん?」


「……なんか、引退試合の日のこととか思い出して、俺ももっと頑張んねぇと、って思ってたとこ」


「へぇ……」


数本のお茶を持った佳奈はにやりと悪戯っぽく笑った。


「また、いつでも胸貸してあげるよ?」


「はは、頼もしいな。……でも、もう大丈夫だよ」


『ありがとう、佳奈』


「……もう、負けないから」




* * *




目の前に広がる大きなコート。初めて見るもののように現実味のないゴールポール。やけに大きな心音が容赦なく鼓膜を打つ。驚くほど早く、力強い鼓動に指先まで震えている。

こんなに緊張するのは初めてかもしれない。

本当はまだ、すごく怖い。

走り出すのも、ボールを持つのも。

……でも。


「おかえりなさい」


「がんばれ、蓮!」


「「大丈夫だ!」」


私はもう、ひとりじゃない。




* * *




「くしゅんっ」


肌寒い風が首元を滑り、私は鼻をすすって身震いをした。

ジャージに温められていない顔まわりは本当に寒い。


「長野、窓閉めて。寒い」


震える肩を抱きながら言うと、長野は「ごめんごめん! 試合前に気引き締めようと思って!」とにこやかに言って窓を閉めた。全く悪いと思ってないな。


「だからって控え室の窓開けんなよ。みんな寒がってるだろ」


若干腹立たしく思いながら、ベンチに座っている後輩たちを顎でさす。どれだけフランクだろうと、一応は先輩なのだからと気を遣って言い出せなかったのだろう。後輩たちはホッとした表情を浮かべると同時に、長野の視線に気付きさりげなく目を逸らした。


そんな後輩たちの様子を見てさすがに察したのだろう、長野は慌てて後輩たちに謝っていた。もはや土下座するかのような勢いで頭を下げる長野を見て、思わず呆れ笑いを浮かべる。


その時、ガチャッと控え室のドアが開き、試合観戦に行っていた五十嵐と川谷が戻ってきた。


「どうだった?」


隣に座った五十嵐に問いかけると、五十嵐は「やばかった」と一言言った。


「やっぱりいつもより参加校も多いし、迫力あったよ。正直ビビるわ」


情けなさそうに笑った五十嵐に、「そっか」とだけ応える。こうしている間にも、雷校の出番は迫ってきている。


ウィンターカップ予選。

みんなが必死で、本気で戦っている。練習試合とは訳が違う。いつもより広い会場、初めて知る高校。

その全てが、朝から胸の奥で燻っている緊張を煽っていく。


「まぁ、みんな本気でウィンターカップ目指してるんだから、予想はしてたけどな。強豪校のガチ目は怖かったぞ……」


川谷が苦笑して言う。それに釣られて、確かに怖そうだな、と私も苦笑した。

ふと、ひとつの黒い影が目に入った。

ベンチから立ち上がり、荷物の上にぽんと置かれたそれを拾い上げる。何度も洗濯したのだろう、所々ほつれているのすら微笑ましく思える。


それはこのチームの証であるリストバンドだった。

その中でも同じ黒色のものが、私の左手首にもはめられている。振り返ると、五十嵐、川谷、長野、全員の左手首にもしっかりとリストバンドの存在があった。

ということは、これは……。


「川谷、高津は?」


「あぁ、その辺散歩してるんじゃないか? 緊張してるみたいだったし。そーいや里宮、あの時こーちゃんと喋ってたもんな」


「……そう」


“緊張”。

そりゃ、誰だってするよね。私だってしてるし。

……でも高津は、いつも私を励ましてくれてた。自分だって緊張してるはずなのに。

どこにいたって私を見つけて、笑いかけて、連れ戻してくれるのはいつも高津だった。


控え室のドアを開けると、後ろから「里宮? どこ行くんだよ?」と川谷が声をかけた。私は振り返らずにそのまま「ちょっと」とだけ言って控え室を出た。


黒いリストバンドを包む手に力が入る。

別に、心配なんかしてない。

高津は逃げたりしないし、不安に思うことはあっても押し潰されたりはしない。分かってる。

……信じてるから。みんなが教えてくれたから、私はもうみんなのことを信じきってる。


……でも、それじゃあ、高津は? みんなは?

私のこと、信じてくれてるの?

私は、ちゃんと信じてもらえる存在になれてるの?


歩き出した足はだんだんと早くなり、やがて駆け足に変わった。今までの私なら考えもしなかった感情が次々に溢れてくる。

信じて欲しい。頼って欲しい。不安があるのなら話して欲しい。どんな話だって良い。私は。


『もっと、頼ってよ』


私だって、高津を──……。


「里宮?」


ざわめきの中聞こえたその声に、私は反射的に振り返った。


「どうした? そんなに急いで」


キョトンとした顔でそう言った高津に、自然と安堵の息が漏れる。特に普段と変わった様子はなさそうだった。


「高津のこと探してた」


「え、俺?」


ますます目を丸くして自分を指さす高津に、小さく頷く。


「これ忘れてた」


持っていたリストバンドを広げて見せると、高津は「あぁ、ありがと」と私の手からリストバンドを受け取って左手首に着けた。


「悪い、遅くなって」


少し恥ずかしそうに頭をかく高津は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。


「今日、坂上先輩たちも試合観に来てくれてるみたいでさ。さっき客席で会ったんだ」


「あぁ。そーいえばこーちゃんがそんなこと言ってたような……」


じゃあ高津は、先輩と話してたのか。どうりで清々しい顔してると思った。


「お前なぁ、もっと感謝しろよ〜」


歩き出しながらそう言って笑う高津に、少しムッとする。

なんだよ、結構心配したのに。


「高津!」


大声で呼び止めると、高津は「うおっ」と声をあげて振り返った。


「急になんだよ。え、怒ってんの?」


そう言って首を傾げる高津の元に駆け寄り、そのおでこに背伸びをしてデコピンを放つ。


「いてっ」


片手でおでこをおさえた高津に、私は悪戯に舌を出した。


「これからは、私にも頼ってよ?」


それを聞いた高津は一瞬目を丸くして、「ははっ」と声を出して笑った。


「笑うなよ」


「いや、ごめん。……ありがとな」


ポンッと私の頭に手を置いて、「戻るか」と高津はまた歩き出した。「うん」と答えて、私も隣に並ぶ。

恐れを感じるほどの焦燥感は消え、固まっていた身体が心ごとほぐれていくような感覚がした。



高津の心配をしているうちに、いつの間にか自分の緊張が解けていたことに私はようやく気が付いたのだった。

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