15. お気に入りの場所
会場に着き、俺たちは昨日と同じようにベンチの準備をしていた。
大体の準備が終わり、ぼーっとコートを眺めていると、隣にいた五十嵐が呟くように言った。
「今日、勝てると思うか?」
俺は唇を噛んで静かに答えた。
「……わかんねぇ」
正直、今日の相手は今まで戦ってきた相手の何倍も強い。
里宮は強気だったけれど、どうなるかはわからない。
「まぁ、里宮を信じようぜ」
話に加わった長野はニッと歯を見せて笑った。
「もし負けたとしても、俺たちは自然体でいれば良いからな」
真剣な表情で川谷もそう言った。
俺たち4人は顔を見合わせて頷いた。
「あ、高津」
気づくと、坂上先輩が手招きをしていた。
「どうしたんですか?」
小走りに近づいて行くと、坂上先輩は小声で言った。
「里宮がいないんだ。悪いけど高津、探してきてくれないか?」
「あ ……はい、わかりました」
里宮が、いない?
内心ものすごく慌てていたが、それを悟られないように俺は急いで雷校の控え室に走った。
『ガチャッ』
「里宮!」
呼んでも、人のいる気配はなかった。
大事な試合前にいなくなるって、どんな神経してんだよ!
豊玉と戦うってわかってても、里宮が一番やる気だったのに……!
俺は廊下を走り回って里宮を探した。
汗だくになりながら最上階まで階段を駆け上がると、そこには窓の前で風に吹かれる里宮が立っていた。
やっと見つけた。こんなところにいたのかよ。
そう言おうとしたが、上手く声が出ない。
俺は少し声をかけるのをためらっていた。
長い黒髪がユニフォームとともに風になびいている。
「……里宮」
声をかけると、里宮はそれに驚くことなく静かに振り返った。
「何してるんだよ、こんなところで」
小さく息を吐いて言うと、里宮は窓の外の空を見つめたまま呟くように言った。
「懐かしいなー、と思って」
その声にはいつもの力強さはなく、どこか寂しそうな目をしているように見えた。
「……何が?」
「小さい頃から、この会場よく使っててさ。勝って嬉しかった時も、負けて泣いたときも、緊張して逃げた時も、いつもここに来てた。お気に入りの場所なんだ」
風になびいた髪を耳にかけた里宮はこっちを向いて微かに微笑んだ。
「行こ」
いつもより元気のない里宮に、俺はそっと頷くことしかできなかった。
* * *
「里宮!」
ベンチに戻った里宮を見るなり坂上先輩が怒鳴るような声を上げた。
「どこ行ってたんだよ! 心配したんだぞ!」
「おー」
「『おー』じゃねぇよ! 謝れ、里宮!」
坂上先輩に怒鳴られた里宮は「すんませーん」と適当に謝って長い黒髪をポニーテールに結んだ。
「みんな、並べ!」
坂上先輩の声で選手達がコートに入って行く。
里宮が後に続いて歩き出そうとした時、俺はとっさに呼び止めていた。
「里宮!」
長いポニーテールを揺らして、里宮が振り返る。
「……っ勝ってこい!」
言うと、里宮はいつもの気だるそうな目を細め、歯を見せて笑った。
「おう!」
幼い声で応えた里宮は、走ってコートへと入って行った。
「これから、豊玉対雷門の試合を始めます!」
「「お願いします!」」