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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
149/203

148. プレッシャー

刺すように冷たい風が容赦なく吹き付け、狭めた視界には小さなシルエットが映る。

ぶかぶかのジャージに身を包んだ後ろ姿を見て、どうしようもない不安が胸に広がっていく。


俺は、キャプテンとしてしっかりやれるのだろうか。

この小さなエースのことを、支えることが出来るのだろうか。




* * *




ウィンターカップ予選。

会場に着いてからも、控え室に荷物を置いてからも、喉元にまとわりつくような不安と緊張が消えてくれない。これまで何度も、練習試合から大きな大会まで経験してきたというのに。


控え室の安っぽいベンチに腰掛けてため息を吐いていると、後ろから五十嵐の「大丈夫か?」という声が聞こえた。

重い頭を持ち上げてなんとか頷く。


「なんか緊張が解けなくて」


呆れたように笑うと、横から長野も口を挟んだ。


「大丈夫っしょ! いつもどーり楽しもうぜ!」


普段と変わらないテンションでニカッと笑った長野の笑顔が眩しくて、少しだけ肩の力が抜ける。


「そうだぞ、リラックス!」


長野に続けて明るく言いながらガッツポーズを作る川谷に、小さく頷いて「ありがとな」と笑いかける。

笑いかけた、つもりでも頬が引き攣っている気がしていたたまれなかった。


俺は諦めて「ちょっと外の空気吸ってくる」と断って控え室を出た。

選手やマネージャー、ジャージを着た人ばかりが歩く廊下を進む。俺は、この緊張の正体に薄々気が付いていた。


深く息を吸い込み、そして吐き出す。

俺は部長として、キャプテンとして、チームを支えられるのか。スランプと戦う里宮を支えられるのか。

部の中で一番強いわけでもない俺に、みんなを率いる力があるのか。


……これは。

この気持ちは、キャプテンとしてのプレッシャーだ。


『お前らは、雷校の希望だよ』


『これからはお前らが雷校バスケ部を引っ張って行ってくれよ』


『頼んだぞ』


元キャプテンである坂上先輩の言葉が次々に思い浮かぶ。俺の憧れの先輩だ。坂上先輩も、こんな風に不安になったりしたのだろうか。そんなことを考えながらどこへ行くでもなく歩いていると、いつの間にか観客席まで辿り着いていた。力なく歩を緩め、自然と足元に目を落とす。


俺はこの一年、キャプテンとして活躍出来ただろうか。みんなが信頼できるキャプテンになれただろうか。

……坂上先輩のようなキャプテンに、なれただろうか。


「お〜い、高津」


ふと、やけに懐かしい声が聞こえた気がして俺は勢いよく顔を上げた。優しく、柔らかく、それでいて強い安心感のある声。無条件に“もう大丈夫だ”と信じてしまえるような声。


慌てて辺りを見回すと、少し先の席でこっちに向かって手を振っている人影が見えた。


「坂上先輩!?」


思わず大声を出してしまい、周囲の視線が一気に集まる。慌てて口元を押さえていると、先輩は笑いながら俺の元までやってきてくれた。


「雷校のキャプテンが、なんて顔してんだよ」


呆れたように笑って言われながらも、俺は喜びに任せて口を開いた。


「先輩、来てくれたんですね」


「当たり前だろ! こーちゃんから場所と時間聞いてさー。三神たちもあっちにいるぞ?」


奥の観客席を指さして言う坂上先輩はいつになく楽しそうだった。きっと俺たちの試合を楽しみにしてくれているのだろう。


「で、なんでこんなとこいるんだ?」


坂上先輩が、どこか心配そうな顔をして言う。


「えっと……」


さすがに、坂上先輩に頼るわけにはいかない。

何と言い訳しようか迷っていると、坂上先輩が何かを察した様子でため息を吐いた。


「何かあるなら相談に乗るぞ? キャプテンだからって、ひとりで全部背負わなきゃいけないなんてことはないんだから」


思わず顔を上げると、坂上先輩は優しく微笑んでいた。それはいつも、俺が憧れてきた強かで優しいキャプテンの姿だった。






「なるほどなぁ」


全てを話し終えると、坂上先輩は観客席の最後列と廊下を隔てる柵に体重を預けて言った。

久しぶりに先輩に会えたことで浮かれているのか、思った以上に多くのことを話しすぎてしまった。


甘えてるなぁ、と呆れたように考えて、少し恥ずかしくなる。すると隣から、「ははは」という坂上先輩の笑い声が聞こえた。


「先輩?」


なぜ笑われているのか分からずに首を傾げていると、先輩はにやりと笑った。


「なんかお前、俺と同じことしてるよ」


いたずらにそう言った先輩に、思わず「えっ?」と間の抜けた声を発してしまう。


「先輩も不安になったりしたんですか?」


いつもチームをまとめて、引っ張ってくれていた坂上先輩。いつもかっこよくて、強くて、仲間思いな憧れの先輩。そんな先輩も、この不安を感じていたのか?

俺と、同じ……?


俺の混乱を他所に、坂上先輩は「当たり前だろ?」と笑った。


「不安にならないやつなんていねぇよ。チームを大事に思ってるなら尚更だ。幻滅したか?」


悪戯っぽくそう言われて、俺は慌てて首を横に振った。それを見て、先輩はまた笑った。


「そうだな、俺がどうしようもなく不安になったのは引退試合の日だ。正直、かなりビビってたんだ。余裕なんてなかった。本当に俺はチームをまとめられるのか、仲間を支えられるのか、もし負けたらどう責任を取ればいいんだ、とか。くだらないことばっか考えて沈んでた。1人になりたくて、観客席の方まで歩いて行った。……今の高津みたいに」


当時のことを思い出したのか、先輩が呆れたように息を吐く。先程先輩が“同じ”と言った意味がなんとなく分かるような気がした。


「そこで、試合観に来てくれてた佳奈に話聞いてもらったんだ」


“佳奈”……って確か、先輩の彼女だよな……?

先輩の引退試合の日、その姿を見たことを思い出す。


「まぁ、キャプテンとは思えないくらいボロボロに弱音吐きまくって、思いっきり怒られたな」


遠い目をして恥ずかしそうに言った先輩に、思わず「怒られたんですか?」と聞き直してしまう。

完璧に見える先輩が彼女に叱られている姿なんて全く想像がつかない。


「そうだよ。すげー大声出して。“しっかりしろ”って」


『坂上、あんた3年もこのチームでやってきたんでしょ? 坂上の仲間たちは、負けたことを人のせいにするようなやつらなんだ? 坂上に八つ当たりするようなやつらなんだ? 仲間の優しさを一番知ってるのはキャプテンである坂上のはずでしょ!? こんなとこでウジウジしてんじゃないわよ!』


坂上先輩が懐かしそうに目を細める。佳奈先輩の言葉に、坂上先輩は救われたのだろう。

……俺は? 俺がいつも救われているのは、それこそ、みんなの優しさのおかげじゃないか……?


『大丈夫か?』


『いつもどーり楽しもうぜ!』


『リラックス!』


次々にみんなの顔が浮かんでいく。いつも俺を支えてくれた大切な仲間。キャプテンになってからも。

ずっと、助けられていたのは。

支えられていたのは、俺の方だ。

仲間のおかげで今、俺はこうしてここに立っていられる。……そしていつだって、思い出すのはあの日の里宮の言葉。


『高津、立ち上がれ』


「チームの空気を左右するのはキャプテンのメンタルだからな。バスケの強さももちろんだけど、俺はそれ以上に心の強さが大切だと思う。……だから、お前に任せたんだよ。高津」


優しい声でそう言った先輩に、俺は思わず目を見開いていた。先輩が、そんなことを思ってくれていたなんて。俺のことを、そんな風に見てくれていたなんて。


「高津は、仲間のことをよく見てる。なんていうか、バスケ以上に、バスケしてる仲間一人一人を大切にしてるように見えたんだ。……合宿の日、篠原の体調にも一番に気づいてただろ。自分の中では自覚もないくらい小さいことでも、チームの中ではかなりデカいんだよ。それを自然にできるって、けっこーすごいぜ?」


……考えたこともなかった。

自分のことを、そんな風に思ったことはなかった。

……だけど、坂上先輩は俺を認めてくれた。

そうだ。先輩が託してくれたこのバスケ部を、俺も大切に守っていかないと。


ぐっと拳を握ると、強張った肩に手を置かれる感覚があった。自然と、入りすぎていた力が抜けていく。


「行ってこい、高津。きっとみんな、キャプテンのこと待ってるよ」


坂上先輩の笑顔が、懐かしいユニフォーム姿の先輩と重なる。


「……はい! ありがとうございます!」


勢いよく頭を下げて、身を翻して走り出す。

心臓が強く脈打っていた。先程まで感じていた緊張は消えている。

仲間たちの顔が次々に浮かぶ。


バスケがしたい。

俺は、みんなと。あいつらと、ずっと。


『私、バスケが好き』


……俺だって。

俺だって、バスケが好きだ。

一緒に戦ってくれるあいつらが、仲間のことが大好きだ。


髪に風を感じながら、人の少なくなってきた廊下を走る。速く、速く。みんなが俺のことを待っている。



……俺はもう、戦える。

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