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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
146/203

145. スランプの行く先

「“スランプ”……?」


その単語を口にした高津が、これでもかと言わんばかりに目を丸くする。


「うん」


心臓が大きな音を立てて暴れている。

……私は、これからどうなってしまうのだろう。


「……里宮」




* * *




12月。窓から入り込む風は冷たく、キンキンに凍りついた手は擦り合わせてもなかなか温まらない。教室に荷物を置き、私は制服のまま部室へ向かった。


『大丈夫だよ、蓮』


阜の言葉が、まだ耳に残っていた。

“大丈夫”、と心の中で何度も呟きながら部室の前までやってくると、ガラッと目の前のドアが開いた。


「あれ、里宮? まだ着替えてなかったのか?」


聞き慣れた声。顔を上げると、キョトンとした顔でそこに立っていたのは高津だった。いつもの部活着の上にジャージを羽織り、バスケシューズを持っている。


「あの、練習前に話たいことあるんだけど、いい?」


なるべく緊張が顔に出ないように意識しながら言うと、高津は「おお、全然いいけど」と答え、部室の中にいた他の部員に今日の練習メニューを伝えてから私の隣に並んだ。


なんか今の、部長っぽい。ていうか、部長なんだけど。だから私も、まず高津に相談しようと思った訳だし。


……でも、もし高津が部長じゃなかったとしても、私は……。


「それで、話って?」


人気のない廊下を少し進んだ所で立ち止まり、そう切り出した高津に私はハッと顔を上げた。

高津はどこか心配そうな顔をしている。何と言っていいのか分からずに黙り込む私を見ても、高津は急かすことなく私が話し出すのを待っていてくれた。


「……話っていうか、相談。部活のことなんだけど」


そう前置きすると、高津は真剣な表情で頷いた。

小さく息を吐き、大きく吸う。


「私、“スランプ”になった」


言ってしまった後で、直球すぎたかな、と小さな不安が生まれる。恐る恐る顔を上げると、案の定高津は目を丸くして「“スランプ”……?」とオウム返しにしていた。


「うん」


ぎゅっと拳を握りしめる。さっきから心臓がうるさい。思わず足元を見つめて高津の言葉を待っていると、「里宮」と小さく私を呼ぶ声がした。


「それ、いつから?」


え……? 予想外の質問に私は思わず考え込んでしまった。確実におかしくなったのはあの部活の日だけど……。


「白校との練習試合の時くらいから……」


たぶん、そうだったと思う。自分でもよく分からないけど、違和感を覚えたのはそれが初めてだ。

本当はもっと前から、気付かないうちに歪んで行ってたのかも知れないけど……。


「そっか……」


高津は小さな声で呟いて何か考え込んでいた。

たった今、雷校バスケ部にとって邪魔な存在になってしまった私は、これからどうなるのだろう。

“戦力外”になってしまった私は、どうなるのだろう。


自分のバスケに違和感を覚え始めてから、ずっとそんなことを考えていた。

……怖い。自分の身を守るように腕を掴む。

高津の口がゆっくりと開いた。


「じゃ、2週間休みだな」


そんないつも通りの声が聞こえて、私は思わず「は……?」と拍子抜けしてしまった。

いやいや、ひたすら練習しろって言うなら分かるけど、なんで休み?

まぁ、強制退部とかじゃなくて良かったけど……。


「今日から里宮は2週間、部活に出ないで休むこと。あとでコーチと岡田っちにも言っとけよ。俺からも言っとくから」


それだけ言ってあっさりとその場を去ろうとする高津を引き止めようにも、何も言葉が出て来ない。

……ん? 待てよ? 2週間後って……。


「高津!」


大事なことを思い出して、高津の背に向かって叫ぶ。


「2週間後って、ウィンターカップ予選じゃん!」


ウィンターカップは、インターハイと同じくらい大事な大会だ。それに出られるかどうかが、2週間後の予選で決まる。そんな大事な時期に、休んでなんていられない。


「それがどうした?」


いつもよりどこか冷たい口調でそう言った高津に、私は思わず唇を結んだ。

……“それがどうした”って、どういう意味だよ。


「練習しないと……」


言いかけた私の声を、高津が遮る。


「今の状態で練習続けて、“戻る”と思うのか?」


「それは……」


痛いところを突かれて黙り込んでいると、高津はふっと表情を緩めた。


「いいから休め。2週間、バスケのこと何も考えずに生活しろ」


……バスケのこと、何も考えずに。

しかも、こんな大事な時期に。そんなの、できるわけない。

……だけど。


キャプテンの言うことは、絶対だ。


「……分かった」


渋々そう答えると、高津は私の近くまで戻って、私の頭にぽんと手を置いた。


「……なんだよ」


唇を尖らせて言うと、高津は「うん」と言って小さく笑った。


「お前は、大丈夫だよ」


優しい声が、たったそれだけの一言が、心の深いところまで温めていくようだった。


「……うん」


呟くように答えて、静かに目を閉じる。

……そして、決めた。



私は必ず、私のバスケを取り戻してみせる、と。

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